2017-05-24

八幡神社と鎌倉街道上つ道

深谷市武藏野に鎭坐する八幡神社。ご祭神は八幡神。こちらのお社は昨日のみか神社同樣に鐮倉街道の上つ道の沿道に鎭坐してゐる。
鐮倉街道の上つ道は、いづれかは全部步いて纏めて編輯して特輯としてみたい。
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2017-05-23

みか神社

御氣野命、櫛瓺玉命をお祀りしてゐるお社。創建は古く延喜式神明帳に載つてゐる。社名のみかとは酒を造る時に使用する甕(みか)のことで、現在、社寶とされてゐたと思はれる甕が四器殘されてゐるとのこと。
こちらは鐮倉街道上つ道に沿道だつたとされる。また、武藏七黨の猪俣黨の首領猪俣氏の本據から至近距離の場所に鎭坐する。酒造のお宮として猪俣黨から崇敬されてゐたのだらうか。

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2017-05-22

陽雲寺

曹洞宗に屬し、山號を崇榮山、寺號を陽雲寺と稱す。齋藤盛光と言ふ人物が開基。元々は、崇榮寺と稱してゐたが、天正十年(一五八三年)の神流川の合戰で燒失。武田信玄の甥の川窪信俊が再興した。川窪は、再興する際に自身の養母である武田信玄の妻の陽雲院の名を寺名にした。そのことから、寺寶として信玄と陽雲院の畫像がある。
また、當寺は新田義貞が鐮倉幕府打倒の祈願をしたさうで、新田勝軍不動堂と呼ばれてゐたこともあつたさうだ。現在、この不動明王をお祀りする新田勝軍不動堂は神流川合戰で燒失したと思はれ現存してゐない。但し、こちらには新田四天王のひとり畑時能を供養祠がある。畑は新田義貞の死後も脇屋義助に隨ひ足利高氏に抵抗したが、興國二年(一三四一年)に多勢に無勢で伊知地(現福井縣勝山市伊知地)の地で斯波氏に突擊し數時間の激鬪の末、曠野に屍を曝した。その時、重臣の兒玉光信が首級を故鄕の金窪に持ち歸り、供養祠を建てた。この祠は、畑時能と兒玉光信の名をとつて「畑兒塚」と呼ばれてゐる。

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▼現地では特に説明がなかつたが、これは恐らくお堂の址に間違ひない。
新田勝軍不動堂の址だつたりして?
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2017-05-21

骨波田の藤

濡れつゝぞしひて折りつる年の內に 春はいくかもあらじと思へば(古今133春歌下:業平朝臣)

歌意:濡れながらも無理して折りましたよ。今年のうちに春は幾日もないと思ひましたので。この折つた花は藤。と言ふのは詞書にかう書いてあるから。「やよひのつごもりの日、雨の降りけるに、藤の花を折りて人につかはしける」。女性に藤の花を贈つたのであらうか。なほ、伊勢物語にも同じ歌が載る。段數は、八十。伊勢物語では「彌生のつごもりに、その日、雨そほ降るに、人のもとへ折りて奉らすとてよめる」と書かれてゐる。

さて、藤の花。咲くと綺麗ですよね。香りも良いし。今日、ご紹介の場所は「骨波田の藤」。
武藏七黨の兒玉黨の本據である埼玉縣本庄市兒玉にある長泉寺の境內に植ゑられてゐる藤は、紫長藤と言ふ品種で、樹齡がなんと六五〇年。櫻は樹齡を重ねると早咲きになるさうですが、骨波田の藤は遲咲きのやうでちやうとゴールデンウイークが終はつた頃に見ごろを迎へる。今年は、ゴールデンウイークの翌週の木曜頃に滿開になつたさうだ。然し、土曜日に雨が降つてしまつたので、日曜に行つたら咲いてゐたことは咲いてゐたが、雨で花が落ちてしまつてゐた。雨に濡れる藤の花は綺麗であつたが、全體的にみると盛りが少し過ぎてしまつたやうにみえ、少々殘念であつた。

雨に濡れる藤の花。だから、冒頭の歌から初めてみました。

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▼本庄市は「はにぽん」。TAKATSU-KINGのお馴染みは「はにたん」。
村上よ、あまり全國區で高槻の變なことを言ふのはよせ。高槻市民はチェリオばかり飲んではゐないぞ。
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2017-05-20

長瀞アルプス

「秩父鐵道フリーハイキング2017☆秩父の名峰にチャレンジ」と言ふ企劃があり、それに參加して來ました。この企劃は平成二九年三月から同年十一月三〇日まで每日開催してをり、五峰をいつでも好きな時に登り、登つた後に記念品が貰へると言ふものです。記念品は、表に山名、裏に秩父鐵道むすめ「櫻澤みなの」のイラスト入りの木札ストラップです。五峰は、鐘撞堂山、寳登山・長瀞アルプス、美の山、破風山・皆野アルプス、三峰山です。
今囘は、寳登山の山頂の躑躅の季節と言ふことで寳登山・長瀞アルプスを登つて來ました。コースは、秩父鐵道野上驛を出發し、萬福寺から長瀞アルプスを登ります。野上峠、小鳥峠を越え、一旦車道に出てから寳登山登山口から寳登山の山頂をめざし、寳登山神社奧宮の參道を降り長瀞驛がゴールとなります。天氣が良く、新綠が鮮やかで氣持ちよく登れました。

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▼オタクなクロ全開。
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▼長瀞アルプスの登山口にあるお寺。
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▼さて、長瀞アルプスへとまゐりませう。
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▼山躑躅が綺麗。
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▼山は周圍の木々により表情が變はる。
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▼一旦、車道に出ました。
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▼こゝまで來ると山頂はもうすぐです。
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▼とは言へ、斜面がきつい。
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▼山頂に到着!!
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▼天氣が良いので武甲山が綺麗に見えた。
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▼躑躅は滿開です。
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▼山頂驛には鯉のぼりがありました。
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▼岩疂
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▼ライン下りは長蛇の列。とても乘る氣にはならない竝びであつた。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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