2017-04-19

大村益次郎寓居址

大村永敏が寓居を構へてゐた場所。國民皆兵は江川英龍も提唱してゐたが、大村益次郞はこれが元で暗殺されるに至つた。幕府側の人間と長州藩士だつたと言ふ違ひなのか。元々は頭腦明晰で適塾に入り塾頭を經て周防國吉敷郡鑄錢司村の村醫になつてゐたが、宇和島藩の要請で出仕することとなつた。やがて江戶で桂小五郞と知り合ひ、そのつてで長州藩士となつた。長州藩士となつた大村益次郞は、長州藩を指揮して長州征伐や戊辰戰爭を戰ひ功績を遺した。戊辰戰爭の功績で新政府の中樞に入つた益次郞は軍政改革を擔ふことになつた。この軍政改革で國民皆兵を唱へ、士族の恨みを買ふことになる。
大村益次郞の功績は死後讚へられ、現在、靖國神社の境內に一際大きな銅像が建つてゐる。

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本日の月齢:22.0(下弦の月) 舊歷:三月二三日

2017-04-18

佐久間象山寓居址

さて、再び冬の京の旅に戻ります

佐久間象山が寓居してゐたとされる場所。あゝ、なんですかね、時代の變遷と言ひますが、これは少しと言ふかなんだかな・・・。
佐久間象山は、松前藩の學者。微祿の藩士ながら幼いころから秀才で江戶に出て江川太郞左衞門の元で砲術を學ぶ。やがて、五月塾を開き勝海舟、吉田松陰、坂本龍馬らに砲術等を敎へた。その後、門弟の吉田松陰が密航を企てたことに連坐して一時傳馬町牢屋敷に入牢する。その後松前に戾つてゐたが一橋慶喜に呼び出され慶喜に公武合體論と開國論を說いたとされる。
佐久間はあまり傲慢な人柄だつたとも言はれ世間の評判がよくなかつたやうで、やがて三條木屋町で暗殺された。

▼あれつ!? この邊りだつた筈だが、無い。
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▼なに/\?
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▼あつ!
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▼あつた。なんかね・・・・、寂しいな。
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本日の月齢:21.0 舊歷:三月二二日

2017-04-17

菅谷神社

大山咋命、保食命、菅原道眞命、須佐之男命、畠山重忠命をお祀りするお社。畠山重忠の舘である菅谷館の近くに鎭坐してゐる。當社は、畠山重忠が源賴朝より菅谷の地を拜領して(橘右:菅谷は重忠の父の頃より住んでゐた筈なので所領安堵と言ふことか)近江の日吉大社を勸請したとのこと。その當時の社名は「日吉山王大權現」と稱してゐたが、明治になり「日枝神社」と改稱した。その後、境內の案內板を讀む限りでは不詳であるが近隣のお社を合祀したのだらうか、須佐之男命や天神さん、畠山重忠公がお祀りされるやうになつた。

本日の月齢:20.0 舊歷三月二一日

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▼境内の前にあつた公園。櫻が綺麗。
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2017-04-16

都幾川櫻堤

畠山重忠公の舘があつた菅谷館の裏手に流れる都幾川の土手沿ひに櫻の木が多數植ゑられてゐる。ちやうと都幾川が彎曲しながら流れてゐるところなので、櫻竝木が彎曲してをりとてもきれい。
こちらは、第四囘ちょこたび埼玉酒藏めぐりin小川町」の歸りに立ち寄りました。この櫻堤は東武東上線の武藏嵐山驛からバスで行けます。武藏嵐山は小川町の隣の驛。
天氣が惡くて、綺麗に櫻が咲いてゐたのですがなんか殘念な感じに感じられてしまつた。本數も多く、密集度もあり彎曲した竝木なので櫻の名所と言へる風光明媚な景色だつたのにな。
たゞ、こちらは電車と步いて行くには不便。バスの本數があまりにも少ない。今囘は、こゝの前に大量の日本酒を吞んでゐたから車はご法度ですが、次は車で來たいな。

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▼都幾川櫻堤から武藏嵐山驛まで步いて歸る途中にあつた櫻の木。畠山重忠公の供養をしてゐるのだらうか。
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2017-04-15

『第四回ちょこたび埼玉酒蔵めぐりin小川町』その3 ~松岡醸造~

三軒目の松岡釀造さんまではシャトルバスに乘りました。此のバスは觀光バスであの觀光バス特有の臭ひがしてゐた。やばい、酒が廻つてゐるのにこの臭ひ。早く着いてくれ、やばい。てかその前に吞みすぎである・・・。
氣を持ち直して、松岡釀造さんのお話を。松岡釀造さんは「帝松」と言ふ銘柄の銘酒を出されてゐます。創業は嘉永四年(一八五一年)。米と酒どころの越後からこちらに來て藏を開いたとのこと。
さて/\帝松ですが、三つの藏の中でやゝ甘口なのかなと言ふのが印象でした。藏元により色々な味になるんだなと改めて思ふイベントでした。さう/\、こゝの銘柄で「社長の酒」と言うのがありました。味のはうは旣に吞みすぎてゐて、あまり覺えてゐないけど旨かつたことは覺えてゐる。いやはや吞みすぎだな・・・。
こちらの出店はインド料理店とあゆの鹽燒きが目を引いた。インド料理店の鷄のから揚げはカレー粉で味付けられてゐた。旨かつたけど、冷えてゐたのが殘念。

歸りのバスは觀光バスではなく路線バスの車輛だつた。よかつた。結局、晴雲酒造さんで下車してまた試飮してから、步いて武藏藏さんに行き、またもや試飮して大滿足で東上線に乘りました。來週(4/23)は外秩父七峰縱走があり、また小川町に行きます。七峰縱走の時に晴雲酒造さんの近くを通るやうなので、さぼつて寄り道したりして(笑)
なにはともあれ、とても樂しいイベントでした。また來年も參加したい。

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▼太鼓を叩いてゐました。近隣の大學かな。お祭りですね。
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▼樂しかつたな。お酒を呑む催し物ですから電車で來ました。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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