2017-11-11

渭伊神社

玉依姬命、品陀和氣命、息長足姬命をお祀りするお社。創建の頃は不明ださうだが、元々は現在龍潭寺がある所に鎭坐してゐたさうで、南北朝の戰亂の頃に現在の鎭坐地に遷坐したとのこと。南北朝の頃に當地に遷坐されたと言ふことで、このお社の裏の山にある天白磐坐遺跡とは祭祀としての關聯は恐らくないのだと思はれる。このお社、元々龍潭寺のあるところに鎭坐と言ふことで、井伊家發祥の井戶はこのお社の御手洗だつた。さう、このお社は井伊谷八幡宮と稱してゐたが、いつのころからか渭伊神社と改稱した。渭と言ふのは支那にある川の名前でそこから水が流れることがイメージされる字になつてゐるさうだ。龍潭寺のところに鎭坐してゐた時は水が豐富なお社だつたのかもしれない。
境內にある祭神の案內板を見て興味を持つたのは「モロード樣」である。「モロード樣」?????初めて聞いた。で、調べてみる「客人(まらうど)注)現代假名遣ひでは(まろうど)」のことらしい。客人神らしい。そのモロード樣の下に「伊豆社」とあり括りが別になつてゐる。モロード樣と伊豆社は同じなのか別なのかこの案內板をみる限りではよく解らない。而も祭神が瓊瓊杵尊。瓊瓊杵尊と言ふことは天饒石國饒石天津彦火瓊瓊杵尊でつまり天孫降臨された神樣であり、皇室の皇祖神だ。いや/\、客人ではないだらう。伊豆神社だがこれは熱海に鎭坐する「伊豆山神社」のこと?伊豆山神社の祭神は、天忍穗耳尊、拷幡千千姬尊、瓊瓊杵尊ですので、伊豆社と瓊瓊杵尊とは接點がある。このお社は八幡大神をお祀りしてゐたが、後に伊豆山神社を勸請したと言ふことで客人なのか?
井伊直虎で湧く井伊谷の中でその境內は靜寂そのものであつた。その靜寂さがモロード樣の謎を深めてゐるのか、とても神祕的なお社であつた。

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▼御神木
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2017-11-09

越生から旧正丸峠まで

良く晴れた十一月の三連休。埼玉國際マラソンへ向けて、なにかトレーニングをしなければと思ひながら、かと言ひ負荷をかけ過ぎるのもと思ひ、どつちつかずの中、越生驛から奧武藏の山々を步き舊正丸峠まで行つてみました。
これ、何氣にしんどかつた。結局オーバートレーニングになつた感滿載です。

でも、やつぱ奧武藏は刺戟的だな。なんか普通の路を走る事に魅力を感じなくなつて來た今日この頃です。

【ルート:約三十キロ】
東武越生線 越生驛 ~ 越生神社 ~ 高取山 ~ 桂木観音 ~ 天望峠 ~ 鼻曲山 ~ カイ立場 ~ 一本杉峠 ~ 越上山 ~ 顔振峠 ~ 傘杉峠 ~ 花立松ノ峠 ~ 關八州見晴台 ~ 飯盛山 ~ ぶな峠 ~ ツツジ山 ~刈場坂峠 ~ 虚空蔵峠 ~ 正丸尾根 ~ 舊正丸峠 ~ 西武線正丸驛



▼さて、今日はハードなハイキングですのでトロ&クロはお留守番です。
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▼桂木觀音からの景色。今日は良く晴れてゐるなあ。
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▼鼻曲山手前。この坂、なんとなくジグザグに道があつたのですが、この斜度を見て思はず目を背けてしまつたら、脇に道らしきものがあつた。はあ、そんな誘惑に負けて道を踏み外し、二たびこゝに戻りしぶ/\これを登るはめに・・・。
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▼一本杉峠に到着。一本杉峠の名は奧武藏グリーンラインをランニングしてゐるときに知つてはゐたが、今回初めて足を踏み入れた。あれ?開けた場所に杉が一本生えてゐる譯ぢやないんですね。
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▼越上山。三角點のある場所は、岩場を越えてゆかなければならない。危険を越えても木が覆ひ茂り眺望はいまいち。岩場の前のこゝが一番綺麗だ。
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▼橘右のお氣に入りの顔振峠。今日は晴れてゐる。初めてに近いかな、こんなに晴れてゐるのは。
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▼關八州見晴台からみた武甲山。こゝはみなさんの休憩場所なんですね、これまで奧武藏グリーンラインをランニングしてゐるときに立ち寄つた時は人は疎らだつたが、今日は混んでゐた。
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▼飯盛山。かなり距離を歩いたのと、標高も高いので期待しましたが、この通り木が覆ひ茂りあまり眺望はよくなかつた。
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▼ツツジ山。こゝまでの道のりは険しかつたが、こんなに眺望が良いと今までの辛さも吹き飛ぶ。
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▼刈場坂峠からの眺め。いつまでも見てゐたくなるが、もう十四時を遙に過ぎてゐる。これから虚空蔵峠経由正丸尾根を經て舊正丸峠までゆくのだ。さつさとゆかないと日が暮れる。この後は時間との勝負だつたので寫眞を撮る餘裕がなく、寫眞はこゝで終り。
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2017-11-07

埼玉国際マラソン

あゝ、あれですよ。

やつぱ、埼玉を走るレースですから、これは出走しなければなりませんよね。「なりません」つて言ふけど、やはり武藏國の住人、姓は橘、官名は右近太夫ですから、武藏國の住人ならこれは出走しなければ男ぢやない!!

で、ついでに、日昇色(赤)の浦和レッズと日歿色(オレンジ)大宮。やはりこんなところでも鎬は削りますよ。いくら橘右が距離を追及し速度は二の次としてもオレンジ見たら、やつぱ、負けたくない。でも、駄目、そんなことをしては。エイドに「十万石饅頭」や「彩色の宝石」が出るんですよ。

埼玉、最高!!

と言ふ譯で、地元の武藏國で開催されます、「埼玉国際マラソン」の一般の部に出走します。
實は、奥武藏グリーンラインチャレンジを完走したことで滿足してしまひ、最近さぼりがちなのでコンディション最惡ですけど、走ります!!

最後にもう一度言ひたいと思ひます。

埼玉、最高!!

埼玉國際マラソン、走ります。武藏野の風を堪能しながら馬ではなく自分の脚で駆け抜けたいと思ひます。

埼玉国際マラソンの公式サイト

因みに、埼玉市民ランナーの星、川内優輝選手と吉田香織選手が招待ランナーとして走ります。川内優輝選手は代表を引退しまひ殘念ですが、吉田選手!!川越の星としてオリンピックに出走してほしい!!!!應援してゐます!!

2017-11-05

嫌われ政次の最期(小野政次処刑地/小野政次供養塔)

井伊谷廻りをしてをりますので、「おんな城主直虎」に肖る幟がいたるところにあり、もう「おんな城主直虎」にどつぷりと嵌まつてをります。さて、さう言ふ詰まらん話は脇に置きまして、今囘は小野但馬守の終焉の地と言はれてゐる場所のご紹介です。但馬が磔刑にあつた場所は蟹淵と言ふところださうで、井伊谷城の麓の澤だと言はれてをります。ちやうど井伊谷城址の東側に井伊谷川が流れてゐるので、おそらくその邊りだと思はれますが、抑々刑場の址の遺構が後世に殘ると言ふのは皆無に近いですので、詳しい場所は不明です。二宮神社の北に政次とその子らの供養塔とされるものがある。道路脇に幾つもの石佛と板碑のやうな石が三つ。かなり風化が進んでをり、字などは讀み取れない。たゞ、地元の傳承ではこれは小野政次の供養の爲に建てられたものだとされてゐる。地元の方のお話では、この供養塔は蟹淵にあつたさうで、井伊谷川の河川工事かなにかがあり、その時に現在の地に遷したさうです。
今は合祀されてしまつたが二宮神社には但馬社があり小野但馬守政次を祀るお社がある。嫌はれ者で裏切り者にも拘はらず地元の方々に供養されてゐるのである。もしかして、但馬は良い奴だつたのかな。さう、但馬は惡者を買つて出て次郞を陰で支へたから、死後すぐに井伊家の人々が物まねしたりしたんだよ。あつ、史實とドラマが交錯・・・。すみません、脫線しました。
さて、小野但馬守政次ですが、同世代の者からは政次ではなく道好と呼ばれてゐたやうだ。たゞ、末裔の方々は政次としたので政次は間違ひと言ふ譯ではないやうだ。井伊谷の尾野と言ふ所に所領があつたやうで、現在、濱松市濱北區尾野の民家の敷地內に小野篁の屋敷があつたと言ふ傳承地がある。こちらは個人宅の敷地內の爲、今囘は未訪問と言ふか非公開です。實際に小野篁の屋敷があつたかどうかは定かではない(多分、なかつた)が、井伊谷で井伊氏に仕へた小野氏は武藏七黨の橫山黨、猪俣黨と同じく小野篁の系譜である。橫山・猪俣の兩黨と同じく篁の子孫が遠江に下向して土着したのだらう。政次の父は政直と言ふ人で、この人も主筋である井伊直滿、直義を謀殺してゐる。政次は奧山朝利と井伊家當主の直親を謀殺した。史實では、更に永禄十一年(一五六八年)に今川領に攻め入る武田勢に對抗するために今川氏眞の命を受け虎松を殺害した上で井伊谷を橫領して、井伊谷の軍勢を率ゐて今川氏に加勢しようとしたが、武田に遠江を取られたくない德川が派遣して來た井伊谷三人衆(近藤康用、鈴木重時、菅沼忠久)が井伊谷に到着するや否や逃げ出したとのこと。その一年後に近藤康用により發見され磔刑に處された。
前の投稿でも少し書きましたが、次郞法師=直虎である場合、政次が氏眞に「虎松を殺害し井伊谷の軍勢を率ゐて駿府に加はれ」と言ふ命を受けたと言ふのは合點が行く。が、關口の次男である場合、なぜ氏眞は關口の次男ぢやなくて政次に虎松を殺して井伊谷の兵を率ゐて來いと言つたのだらうか。氏眞はやはり凡愚だつたので、井伊家を乘つ取る爲に關口の次男を送り込んだことをころつと忘れたとか、つて譯はないですね、先にも書きましたが氏眞は凡愚ではなかつたので。

もしかして政次は、關口の次男の暴擧(井伊家を完全に掌握する爲に虎松を殺害し、關口に取り込む)を事前に察知して、祐圓尼と中野直之と協議して虎松を殺害するふりして關口の油斷を誘ひ、油斷した關口を追ひ拂ひ、來る德川、武田の軍勢から井伊谷を護るために、井伊谷橫領を演じたのかもしれないと言ふのはやはりドラマに影響され過ぎですね、いや影響を受けて妄想してゐる狀態ですね。

なほ、供養塔があるのは明智光秀にもある。明智光秀は落ち武者狩りにあつたとされる小栗栖や三條通りのちよつと脇道に入つた川沿ひに首塚がある。我が國の氣風はどこぞの隣國とは違ひ死人に鞭打つやうな慘いことはしない。なので、明智光秀でも供養されるので、政次の供養塔があるからと言つてドラマと同じやうに嫌われ者を買つて出て直虎を陰で支へ、井伊家の爲に犧牲となつたと言ふのは早計だ。が、考へなくてはならないのは、武田勢の遠江侵攻に際して井伊氏は地下に潛ることでその難を逃れてゐる。そして、德川の許で井伊氏は復活する。織田氏は本能寺變後沒落するが、井伊氏は違ふのである。つまり、政次と明智光秀とは違ふのである。だが、悲しいかな歷史は常に勝者が作るものである。やぶれゆく者が末代まで汚名を着せられることは珍しくない。

政次の曩祖である小野篁は司令、司禄の脇で政次にどう接したのだらうか。紫式部のやうに閻魔樣になにか助言をしたのかもしれない。

白黑をつけむと君をひとり待つ 天傳ふ日ぞ樂しからずや

▼井伊谷を訪れた時はちやうど「嫌われ政次の一生」の囘が放映された後。井伊谷は政次で盛り上がつてをりました。
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▼傳小野但馬守政次屋敷址。
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▼現在は、土木設計などを營む株式会社マットさんの事務所になつてゐる。
訪れたのが平日でしたが、休日になると社員さんが外で物販されるさうです。
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▼手前の三つが政次とその子達の供養塔と傳はる。
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▼井伊谷を訪れ政次の終焉の地である蟹淵を探して迷ふ人が多かつたのだらう。
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▼この邊りが蟹淵。
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▼龍潭寺の小野氏墓地。小野氏は井伊氏の一番の重臣だつたので、数多くの井伊氏所縁の人物が眠る墓地の一番前にある。
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▼眞僞のほどは不明(かなり怪しい話ですが)、この供養塔には名が刻まれてゐないさうで、小野氏の墓所に名が刻まれてゐないことから、政次のものではないかと噂されてゐるさうだ。
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2017-11-03

二宮神社

宗良親王と多道間守命をお祀りするお社。元々は宗良親王ではなく、この地を治めてゐた三宅氏の氏神樣と三宅氏の祖となる多道間守命をお祀りしてゐたとのこと。多道間守なので神紋が橘ださうで、井伊氏の家紋の丸に橘の由來になつてゐる。思ふにと言ふか通說と言ふか井伊氏初代の共保は三宅氏で遠江に下向して來た藤原共資が土着する際に關係を結ぶ爲に共保を養子にしたので、井伊家發祥の井戶の「井」と多道間守の「橘」が井伊の家紋になつたのだらう。
攝社に天王社と言ふお社がある。このお社は但馬社、伊雜皇神社、神明神社、鐮足神社、鹿嶋神社を合祀したもので、但馬社は小野但馬を祭神としたお社だつたさうだ。なんでも、こちらの宮司さんが小野但馬に對して「逆臣なれども祟りを畏れる」としてお祀りしたとのこと。

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▼こちらが小野但馬をお祀りしてゐるお社。
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▼二宮神社の境内からも井伊谷城へ登ることができます。どちらも急な坂ですので、どちらが樂と言ふ譯ではないやうです。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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