2017-04-05

伏見十石舟

かりそめに伏見の野邊の草枕 つゆかゝりきと人に語るな(讀人しらず:新古今1165戀哥參)

平安の頃は大宮人から京の外れと思はれてゐたのだらうかな。豐臣秀吉は、本據である大阪から水路を通り京に入る場合の交通の要衝であるこゝ伏見に城を建てた。橘右の詳しくない智識ではこの邊りから水上交通の要衝として伏見が榮えたと認識してゐるが合つてゐるのかな。角倉了以が高瀨川を開拓してからは、大阪を出て淀川から男山付近で合流してゐる宇治川に入り伏見港への水路と宇治川派流から繫がる高瀨川を通り三條河原付近に米や酒を運ぶ水運が榮えた。その時に用ゐられたのが十石舟或いは三十石舟である。
十石舟或いは三十石舟は明治の終り頃まで用ゐられてゐた。現在、伏見觀光協會が觀光船として復興させ季節を決めて運行してゐる。

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▼二月上旬は運休のやうだ。
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▼遠くに月桂冠の烟突が見える。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
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