2017-04-30

八幡山古墳(行田)

埼玉縣行田市藤原町にある圓墳。墳丘が壞れ、中の石室がむき出しになつてゐるので、一瞬、飛鳥の石舞臺古墳を髣髴とさせる。墳丘が壞れたことについては、江戶時代に書かれた『新篇武藏風土記稿』に橫穴式石室の一部が露出し、石室內に八幡社が祀られてゐたと書かれてゐるので、江戶期には旣に墳丘が壞れてしまつてゐたのだらう。
築造の頃は七世紀中頃で、被葬者は物部兄麻呂と推測されてゐる。
現在、土日のみ石室內の見學が可能であり、內部は三つの部屋に分かれてゐた。一番奧の部屋は眞つ暗だつたが、中に足を踏み入れると人感センサーで明かりが點いたので、見學は容易である。

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▼剥き出しになつたことで石室の構造がよく解りますね。
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▼一番奧の部屋
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▼内部はかう言ふ風になつてをります。
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▼奧の部屋の外側。石垣の逆のやうな感じなんですね。
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2017-04-29

地蔵塚古墳(行田)

埼玉県行田市藤原町にある方墳。凡そ七世紀中頃の築造とされてゐる。横穴式で入口が露出してをり、現在では入り口に扉を作り施錠されてゐる。その為、中を見ることが出来ないが、烏帽子を被つた人物、馬、水鳥、家と思しきものが描かれてゐるさうだ。
墳頂にお地蔵さんがお祀りされてゐる祠があるので、「地蔵塚」と呼ばれてゐる。

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2017-04-28

小見眞觀寺古墳

埼玉縣行田市小見にある前方後圓墳。眞觀寺の境內にあるので「小見眞觀寺」古墳と呼ばれてゐる。凡そ七世紀頃の築造されたと推測されてゐるが、被葬者については不明。形はまあ/\殘つてゐるはうだと思ふ。眞觀寺から見て左が前方墳で右が後圓墳と見て取れた。後圓墳のはうには石室の入り口と天井と思しき石がある。前方墳にはなかつた。金環、鐵製刀子、金銅裝頭椎太刀、銅鋺などが發見され、現在、東京國立博物館に所藏されてゐるさうだ。

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▼眞觀寺の山門
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▼ご本堂
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▼古墳はご本堂の裏にあります。
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▼ご本堂の反對側です。こちらは後圓のはうです。
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▼こちらは前方のはうです。
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▼前方墳部の墳頂。
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▼後圓墳部の墳頂。石室の天井部分だと思ふ。
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▼石室入口。
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2017-04-27

虚空蔵山古墳(行田)

小見眞觀寺古墳のすぐそばにある古墳。前方後圓墳とのことだが、どうみても方墳にしか見えないほど壞されてゐる。小見眞觀寺古墳の陪塚だとされてゐる。距離と規模からみると陪塚と言ふのも頷ける。築造は六世紀末頃のやうで、小見眞觀寺古墳に先だつて作られたと推測されてゐる。
墳頂には虛空藏菩薩をお祀りしてゐる祠がある。その爲、虛空藏山古墳と呼ばれてゐる。

▼今日から暫くは行田にある古墳を廻ります。
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2017-04-26

外秩父七峰縦走

なんと言へば良いのでせうか。車中の廣吿を見て衝動が押さへられず、つひ、申し込んでしまひました。イベントのタイトルは「外秩父七峰縱走ハイキング」。外秩父にある山々をハイキングするイベントなんですが、距離が素敵!! なんと42.195kmなんです。フルと同じ距離!!! 因みに、運營より走ることは禁じられてをります。なので、”縱走”と言ふのは過大廣吿です(笑)まあ、そんなことはどうでもよくて、外秩父の豐かな山の若綠を肌で感じるべく步いてまゐりました。
コースは、小川町役場 ⇒ 宮ノ倉山(344m) ⇒ 笠山(837m) ⇒ 堂平山(875m) ⇒ 劍ヶ峰(876m) ⇒ 大霧山(766m) ⇒ 皇鈴山(679m) ⇒ 登谷山(668m) ⇒ ゴール(鉢形城址) です。
スタートの小川町役場を6:55に出發。靑雲酒造の前を通るのかと思つてゐたら、その手前で曲がり、あゝ、殘念。氣を取り直しまして、少し鋪裝された道を進み、長福寺と言ふお寺の脇からオフロードへと分け入りました。徐々に道が細く斜度がつきだしたら、前に人が詰まつて前に進めない。なんだこれ?と言ひたくなる澁滯が發生し、一キロ進むのに四十分もかゝる有樣。なんだかんだとだら/\と步いてゐるうちに山頂らしき場所に到達。「やつた一番初めのチェックポイントだ」と思つたら石尊山と言ふ所で官ノ倉山の山頂ではなかつた。氣を取り直して先に進むとすぐの所に官の倉山の山頂が現れました。直前は大澁滯でうんざり狀態でしただけに嬉しかつた。こゝはチェックポイントがありスタンプを押しました。實は、鉛筆が置いてあり通過時間を書き込めるやうになつてゐたのですが、そのシステムを知らずに通過・・・。なので第一チェックポイントは何時が解りません。距離はこゝまでで大凡5.1km。
第一チェックポイントを過ぎて山を降り、平地を暫く步くと道の驛に到着。道の驛の後ろから山に入りました。この道は暫く斜度のきつい鋪裝された道を進みます。斜度のきついのは大山登山マラソンや奧武藏グリーンラインで經驗濟みで、今囘は步いてゐるので、まあ、大丈夫でした。別にタイムを爭ふ譯ではないのですが、こゝでは走らないぎり/\の速度で上がらうと決心。10分/kmは切りたいと思ひましたが、僅かに切ることができませんでした。きつい斜度の鋪裝道路を暫く上がると案內板が出て來て、オフロードへと分け入りました。またもや澁滯。少し進んでは止まるの連續では、あまり體に負荷がかゝらず退屈である。この邊りはどうにかならないものなのかな。澁滯を拔けると漸く山頂が見えてきた。笠山だ。こゝまでで大凡16.7kmで、時間は10:56。
こゝから先はきつかつた。笠山が837m、堂平山が875m、劍ヶ峰が876mですから、多少のアップダウンはあるものの平坦に近いのかと思つてゐたら大きな間違ひだつた。ひたすら降り、そしてその分登る。「もう降りたくない、その分登るのだから」と愚癡が口から出さうになりながら、漸く堂平山に到着。こゝには天文臺がありました。距離は18.4kmで時間は11:36。ちやうどお晝の時間だからなのか、出店が少々出てゐた。芝生に腰掛けおむすびを少々戴いてから再出發して劍ヶ峰へ。劍ヶ峰までは意外に近く、距離が19.3kmなので略1km。通過時間は11:53でした。
流石にこの邊りから疲れが出て來た。アップダウンを繰り返し足が上がらなくなりながら、ふと氣が付くとマナーが惡く怒りを越えて呆れるばかりだつた支那人達の大きな聲がしなくなつてゐた。彼等は一列で竝ばないとならない場所で平然として橫入りをするし、道のない所もお構ひなし。しかも、しやべるなとは言はない、大聲すぎるのだ、うるさい!この大會、ほんたうに支那人が多く參加してゐた。煩い彼等がいつぱいゐるので來年は參加するの辭めやうかとも思つた。が、この邊りでリタイアしたのだらう。周圍がほんたうに靜かになつて樂しくなつてきた。白石峠、定峰峠、舊定峰峠を越えて登りで足が上がらなくなりながらも氣力で進んでゐるうちに漸く大霧山に到着。距離は25.4kmで時間は13:34。かれこれ六時間以上步いてゐる。而もまだ25km。後20kmもあるのだ。心が折れさうになるが、無理に奮い立たせて出發だ。この邊りになると周圍はそれなりに早く步ける人ばかりだ。20km過ぎたので途中で止めようとした人達が消え、完步出來る人ばかりなので澁滯にならず步きやすくなつて來た。ペースが一定になり樂になつたので、折れた心が復活して來た。途中、鋪裝された道に出るとどこからかアルプスの少女ハイジの歌が流れて來た。なんだ?と思つてゐると秩父高原牧場だつた。參加者がソフトクリームを買つてをり、その行列が凄い。旨いのかもしれないが、あんなに竝ぶのは嫌だなと思ひ寄り道せずに次の皇鈴山を目指す。多少登りが辛くなつて來た。14:46だから1時間程步いて31.1km地點にある皇鈴山の山頂に到着した。然し、あと10kmと山がひとつ。あと10kmと思ふからしんどいのだ。フルマラソンの時は、「あと少し10kmだ!」と思ひ氣力が少し出てくるやうな頃である。「さうだあと少しだ」と氣持ちを切り替へて、登谷山へと進む。登谷山まではすぐだつた。距離は32.3kmで時間は15:07。
殘りはずつと降りだ。途中で寄居町からの差し入れがあつた。グレープフルーツが旨かつた。あれで甦つた。さうかうするうちに鉢形城が見えて來た。もうすぐゴールだ。城廓を脇に見ながら白い建物が見えてきた。この建物の入口にゴールと書かれた看板があつた。やつたゴールだ!時間は16:39。スタートは6:55でしたので9時間44分ですね。我ながら良く步いたもんだ。

▼これね、逆だと思ふんですよね。小川町の驛から受附に向かふ方に字が書いてあるけど、受附してからスタートぢやね?
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▼途中で發見。寄り道しては體力を無駄に使つてしまふので、またの機會でお參りしようと思つた。
八幡神をお祀りするので、武藏武者との關聯があるのかもしれない。
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▼長福寺。こゝを過ぎるとオフロードに入る。
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▼オフに對應する爲にモントレイルを履いて來た。ガン/\行くぜ!
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▼先を急ぎはしませんが、折角42kmも步くので、持久力アップを狙ひたい。でも、こんなに渋滞してゐると練習にならないよ・・・。
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▼官ノ倉山の山頂にて。今日は、とても天氣が良い!
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▼官ノ倉山を降りた先のコース上にある「和紙の里ひがしちちぶ」。この裏から暫く斜度のきついロードを步きました。
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▼笠山の山頂近くの景色。官ノ倉山のピークからこゝまでは凡そ10km。この10kmは長かつた。10kmは、練習の最小單位ですから、基本的には大したことがない距離なんですけど、この10kmは斜度を差し引いてもいつもの10kmとは違ひましたね。渋滞してペースが亂れてしまつたので、疲勞はいつもより蓄積しました。渋滞については、運營の方々もなんか對策を考へてゐらつしやるとは思ひますが、棲み分けは必要ですよ。このまゝだとどつちつかずぢやないですかね。初めて參加するので事情が解らないと言はればそれまでですが。
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▼堂平山。天體望遠鏡があるんです。
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▼「疲れてゐたのです」と言ひ譯します。剣ヶ峰の山頂はこんな感じ。
寫眞的に考へて、「なんぢやこりや??」 それは正論です。
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▼大霧山。意外に疲れてゐたんだな。なんだこれと言ふ感じの寫眞ですよね。
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▼♪春雨に匂へる色もあかなくに 香さへなつかし山吹の花♪
意味は「春雨に映える飽きないのに、その香りさへい愛おしく思へるのは山吹の花だ♪」
ハイキング日和の良い天氣な一日ですので雨とは無縁ですが、この歌を撰びました。山吹はもう少し評價されてよいと思ひます。鮮やかで良いですよね。
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▼深緑が香ります。春は綠ですよ。
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▼25kmから30kmが一番辛いのです。こゝを過ぎれば31km地點の皇鈴山は近い。
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▼漸く皇鈴山に到着。殘りは凡そ11kmだ。
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▼それにしても、天氣が良いです。綺麗な晴天ですね。
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▼登谷山に到着。山のピークは制覇したぞ!あとは降るだけだ!
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▼これまでは、里の風景とは無縁な景色が拡がつてゐたが、建物が見える!!
ゴールはもう間近だ!!頑張れ橘右!!
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▼すみません。これだけは言はせて下さい。
支那人は煩かつた。運營から禁止されてゐるのにストックを使つてゐる人は、後につくとストックが當りさうで少し怖かつた。でも、この邊りはまだ良いんです、自分で工夫すれば何とかなりますし。ストックは禁止されてゐるので「ルールを守りませう」と思ひましたが、僕的には大したことはない。まあ、良いんぢやないですかねと思ふくらゐです。
でも、「なんで走るの?」。僕的には意味が解りません。トレイルランニングの大會ぢやなく「ハイキング」の大會ですよ、走る必要あります??目的をはき違へてゐませんか?
最近、トレイルランナーとハイカーで諍ひが起りつゝありますよ。やはり、降りでバタ/\を足音をさせて來ると、ランニング馴れしてゐる僕でも恐怖心と言ひますか、壓迫感を感じましたよ。良心的で、真劍にトレイルランニングを愛する人達の氣持ちを感へたら、僕は走れませんでした。
僕も、自分のペースを守りたいから人を抜かしたことはありますが、僕は走つたりしてません。だつて、そんな大會ぢやないから。
ルールはちやんと守つたはうが良いのでないでせうか?
特にトレイルランナーとハイカーの共存を考へたら、軽擧は出來ないですよね、普通。
この件、大會の案内を良くみて下さい。寫眞もさうですけど。ストックを使ふことや走ることは禁止されてゐますよ。
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▼鉢形城址に到着!
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▼ゴールに到着!!
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▼なんとか完步出來ました。
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2017-04-25

古河公方館跡

以前に桃の花の名所としてご紹介しました古河綜合公園內にある古河公方の館跡。在ると言つても標柱のみで遺構などは見られなかつた。古河公方とは享德の亂で鐮倉より足利成氏が古河に移つたからかう呼ばれたが鐮倉府の長官のことである。鐮倉府は、鐮倉府と室町將軍が同族で鐮倉府が關東に大きな力を持ちすぎてゐたことから、度々不穩な情勢になることがあつた。初めは室町との對峙であつたが、やがて關東管領とも關係が惡化し、古河公方の頃は關東管領と爭ひやがて潰へて行つた。
應仁の亂以降の混亂のなか古河公方は力と影響力を失ひ、後北條氏が關東で擡頭するに隨ひ、歷史の表舞臺から遠ざかつた。最期の義氏までこの地に住んでゐたやうだが、江戶期になると古河藩が渡良瀨川近くに建てた古河城を藩廳としてゐたので廢れ地に埋もれることとなつた。

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▼ち、違ふんです。奥の建物は江戸時代の近隣の農家の建物で、公方館ではありません。
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▼この邊りに館があつたのだらうかな。
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▼土壘とかの址?たゞの造園?
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▼墓所もありました。
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本日の月齢:28.0 舊歷:三月二九日

2017-04-24

鶴嶺八幡宮

鶴岡八幡宮よりも古いお社。源賴義が相模國懷島に石淸水八幡宮を勸請したことに始まる。初めは懷島に鎭坐してゐたので懷島八幡宮と稱してゐた。のち、前九年の役の折に賴義は戰勝のお禮として當社を現在の元鶴岡八幡宮(由比若宮)が鎭坐してゐるところに遷坐させた。その後、八幡太郞が現在の鎭坐地に領地を寄進し、こちらに遷坐した。
時代は進み、源賴朝の頃に當社に七百貫を寄進し懷島を領地とする大庭景能に社殿の修理を命じた。
訪れる人も疎らであつたが、鶴岡八幡宮よりも古い由緖のあるお社であり、身が締まる思ひがした。

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▼鎌倉は銀杏と縁があると言ふか賴朝の手植ゑとか縁のある銀杏が多いやうな氣がする。
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▼形あるものいつかは毀れるとは言へど、殘念な氣がする。
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▼お稻荷さんの鳥居の裏側。懷島と言へば大庭景能。
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▼オレっちの地酒コーミャ♪ ちよつと珍しいと言ふかオレっちの知らないお酒でしたみャ。
御國竹と言ふ長野の武重本家さんのお酒ですみャ。呑んでみたい、呑ませろみャ。
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本日の月齢:27.0 舊歷:三月二八日

2017-04-23

上長瀞驛

野上驛から長瀞驛まで步き、その後、長瀞驛前でわらじかつ丼を食し、野土山を登つたあと、とぼ/\と上長瀞驛まで散步しました。
上長瀞驛には、所謂「とり鐵」と呼ばれる少年がをりました。線路內に侵入してゐるので注意でもしようかと思つたら、線路內に侵入してゐるのではなく、線路脇に小路があり確りと觀光地圖にも載つてゐるものでした。
となるとうるさいのはこの黑い猫。どんな風になつたかは以下の寫眞でお樂しみ下さい。と言うか樂しいのはクロだけだと思ひます。すみません。

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▼あれはなんみャ?
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▼線路の脇に小路がある!!これが觀光地圖に乘つてゐた場所か!!!
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▼キタ━ヽ(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)人(∀゚ )人(゚∀゚)人( ゚∀)ノ━!!
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▼通り過ぎたがまだあるみャ。
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本日の月齢:26.0 舊歷:三月二七日

2017-04-22

野土山

長瀞には櫻の名所が澤山あります。撫子で有名な不動寺付近の櫻はまだ三分と言つた感じですが、その手前にある野土山の櫻は多くはないですが一樣に滿開でした。

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▼まづは腹ごしらへ。秩父と言へば「わらじかつ」
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▼秩父と言へば「味噌豚」も有名。こちらはわらじかつと味噌豚丼。
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▼野土山へは寶登山神社の參道を通ります。
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▼さて、野土山へとまゐりませう。
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▼山頂はこんな感じです。
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▼三つ葉躑躅が咲いてゐました。
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▼う~ん、ボケて映つてゐる。殘念。
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▼下から見た野土山。
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▼同じ場所から見た寶登山。さつきの野土山よりも遠いので低く見えますが、寶登山のはうが遙かに高いです。
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本日の月齢:25.0 舊歷:三月二六日 

2017-04-21

長瀞の桜

長瀞は埼玉の北端と言ふのは言ひ過ぎかもしれないですが、北部に位置するのは確かです。と言ふことで、まだ咲いてゐ櫻を追つて長瀞まで足を運びました。長瀞までは、寄居まで東武東上線で行き、秩父鐵道に乘り換へて長瀞驛まで行きました。電車の旅と言つても良い程の長旅でした。
ついてみたら、咲いてゐましたね。都內はもう葉櫻になつてをり、東上線の途中で車窻から見える朝霞付近の黑目川、柳瀨川驛付近の柳瀨川の櫻竝木も殆ど散つてしまつてゐるにも拘はらず、長瀞はまだ咲いてをりました。ちやうど散りだした頃合ひで、滿開の花びらが風に搖られてはら/\と落ちる樣が雪のやうで美しい光景でした。

▼秩父鐵道の野上驛から出發します!
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▼この時季になりますと、東武東上線や秩父鐵道の中はハイキングをする人で一杯。そのなか、こゝ出店するとは、なか/\考へてゐますね。
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▼このお花は馬醉木。毒があります。馬が食べると醉ふほど毒が廻るから「馬醉木」と書く。
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▼このお花は櫻ぢやないかな。桃のやうに見えます。
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▼櫻の隧道ですね。
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本日の月齢:24.0 舊歷:三月二五日
プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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