2015-01-31

坂上田村麿公園

平安時代の武官で正三位、大納言兼右近衞大將兵部卿、勳二等、死後從二位を贈られた坂上田村麻呂の墓と傳はる地。生涯の功績として、阿弖流爲・母禮を首謀者とする陸奧の蝦夷の叛亂の鎭壓と藥子の亂の鎭壓の二つが擧げられる。七八九年(延曆八年)の巢伏の戰ひを始め凡そ十年近く叛亂を起し紀古佐美などが全く齒が立たなかつた阿弖流爲・母禮は、長年の疲弊もあるとは思ふが田村麻呂の登場により徐々に戰力が削がれ陣地が後退し、遂ひには降參することになつた。田村麻呂は長年の戰鬪により阿弖流爲・母禮と男氣を通じることゝなつたのだらうか、降伏することになつた阿弖流爲・母禮の助命を朝廷に申し出てゐる。結論としては、二人の助命が叶はず無殘な形での處刑に至る譯であるが、田村麻呂はその後淸水寺を建立し、その靈を篤く弔つてゐる。
田村麻呂は生前から武神とも言ふべき高い評價を受けてゐたが、死後も數々の傳說が作られ人々から崇められた。おそらく、阿弖流爲・母禮を助命歎願するなど人としての度量が大きい人であつたことが影響してゐるのだらう。
さて、田村麻呂は弘仁二年(八一一年)にその生涯を閉ぢることゝなつたが、訃報を受けた嵯峨天皇はまる一日中悲しみで政務がお執りになられなかつたと傳はる。墓所は、山科にあるとされ、寫眞の場所(勸修小學校付近)の他、西野山古墓とも言はれてゐる

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2015-01-30

歴史的假名遣ひを書かう その9

今囘で歷史的假名遣ひは最後となります。

■字音假名遣ひ
簡單に言ふと漢字の音讀みになりませう。ご存じの通り、日本は古代支那から文字を輸入して使用した過去があります。上代の人は驚くことに、漢字の音を日本語の發音に合はせて文字を書いてゐました。從つて、漢字の持つ意味を無視して音だけ合はせて書いてゐます。驚くべき馬鹿さ加減と言ふのかそれとも音感に優れた偉業なのか、それをどちらか決めるは野暮でせう。因みに、これが所謂「萬葉假名」と言ひます。
このやうにして、我が國は支那から字を導入し、やがて、獨自の文字である「平假名」、「片假名」が生まれることになるのですが、元々上代の大和民族が發音できなかつた支那の音もありまして、それを書くのが簡單に言ふと字音假名遣ひとなります。
そのため、「カ」は和語では「か」と書きますが、「火(發音:カ)」は「くわ」と書きます。例を擧げると「漫畫」は「まんぐわ」となる譯です。
さて、この字音假名遣ひですが、これを歷史的假名遣ひとせずに無視してしまふべきと言ふ意見もあります。やうは、「假名遣ひ」つまり書き方ではなく、外來語に假名を便宜上付けてゐるに過ぎないと言ふ意見です。確かに、的を射た意見だと思ひます。因みに、橘右はこの意見に贊同はしつゝも字音假名遣ひで書かうと心掛けてゐる天邪鬼な次第です。出來て敢へてしないと出來ないからしないのとは異なると思つてゐるからです。
字音假名遣ひは漢字とその假名遣ひを覺えるほかはありません。「ゐ」、「ゑ」、「を」等のわ行や「くわ」の「カ」の音、拗音などが對象となります。
基本的には漢字に振り假名を打つとき以外は使ふことが稀です。もし振り假名を打つ場合は、面倒だが國語辭典を引いて字音を書くか、「字音には拘らない」と宣言して無視するかでせうか。因みに三省堂の「新明解」には字音が載つてゐます。古語辭典等やネットで字音假名遣ひ表もありますので、それらを見ながらと言ふのも近道だと思ひます。本投稿では字音假名遣ひの表を上げたりはぜずにこの邊で終はりにしたと思ひます。

2015-01-29

櫻井の別れ

大楠公と小楠公が今生の別れをした場所で、その地名を取つて「櫻井の別れ」と呼ばれる。逆臣足利高氏が九州、山陽道を通り大軍で押し寄せてきたことから、大楠公は一端比叡山に退いて態勢を整へて大軍の望むべきと進言したが聞きいられず、湊川で逆臣に一矢を報いやうとしたしてゐた。都から湊川に向かふ途中の西國街道の櫻井の驛で、嫡子正行に河內へ向かふやうに命令した。正行は當然これを拒否したが、親子共々湊川で散るのではなく、正行が親の死後に逆臣に對して徹底抗戰を行ひ帝を安んじろと諭した爲、これを諒承し、件の別れの場面になつた。
JR島本驛の驛前に廣場があり、そこが櫻井驛の舊地である。廣場の中には大楠公と小楠公の別れの場面を模した像などが建つてゐる。

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2015-01-28

伏見城址

數奇な運命を辿る名城。現在、伏見桃山御陵の傍にある天主は四囘目の築城である。建物こそ殘つてゐるが、正に廢城狀態であり四度目の落城と言つてもよいだらう。
第一期の伏見城は指月呼ばれた地域に、豐太閤が隱居する爲に城を築いたもの。隱居とは言ひながら、巨椋池を巧みに利用した繩張りのやうで、威風堂々とした佇まいであつた。不逞鮮人に鐵槌を下した文祿の役後、こゝで明の使節を引見した。明の使節も驚いたことであらう。豐太閤のことだ、我が國の粹を集めた襖繪も見事な引見の間であつただらう。明の使節は引見の間に入り、我が國風の素晴らしさ恐れ縮こまつた筈である。この指月伏見城とも呼ばれる第一期の城は慶長伏見地震で倒潰した。
第二期は地震で倒潰した城を場所を移して再建したもので、木幡山に築城したことから木幡山伏見城とも呼ばれる。慶長伏見地震で倒潰した指月のはうは火災を起こしてをらず、大半を再利用することが出來たらしい。豐太閤はこゝで息を引き取つた。豐太閤の死後は、豐臣秀賴公が大坂城に遷つたこともあり、德川家康が坐城した。その後、家康の謀略により關ヶ原の合戰の口火となる伏見城の戰ひで炎上し落城した。この戰ひで鳥居元忠らが自刃した場所の床板が源光庵や養源院に殘る。この戰ひで、秀吉が築いた建物は灰と化した。
第三期は、關ヶ原後に家康が再建した。「再建した」と言ふよりは「再建しつゝあつた」のはうが正しいのかもしれない。家康は、關ヶ原後に世情の安定を圖るためしば/\上洛してをり、その時に宿泊をこゝで取つてゐた。然し乍、家光の時代になり二條城と伏見城の二つを持つ意味を見いだせなくなり、二條城を殘し、伏見城を破却した。伏見城址は禁足地になつてゐたやうで、そこに桃が植ゑられ、やがて人々に桃山と呼ばれるやうになつた。
第四期は、近畿日本鐵道子會社の株式會社桃山城が公園の目玉として築城したもので、林原美術館所藏の洛中洛外圖を參考に設計、建築された模擬天守である。この天守は、初めのうちは盛況だつた公園もやがて來場者が激減し運營會社が倒產し四たび廢城となつた。
現在は、耐震基準を滿たしていないと言ふ理由から立ち入りが禁じられ、何とも數奇な運命を象徵するやうに佇んでゐる。

▼模擬大手門。立派な造りである。
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▼模擬天守と小天守
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▼外から見ると堂々して立派で耐震基準を滿たしてゐないやうに見えないが。まあ、素人目だからなんでせう。
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2015-01-27

北野天神社

小手指に鎭坐する菅原道眞公をお祀りする社。天神樣だけでなく饒速日命と八千矛命を主祭神とする。玉饒速日である。當社の社傳を讀むと、景行天皇の御代に日本武尊が當地で饒速日命と八千矛命の二柱の神をお祀りしたことに始まるとのこと。なぜ、日本武尊が饒速日命をお祀りしたのだらうか。日本武尊は所澤神明社では、天照大御神をお祀りしてゐた。當地は物部氏となにか關はりがあるのだらうか。
境內は見どころ滿載である。前田利家が植ゑたとする大納言梅。天神社であり前田利家だから梅である。日本武尊がお植ゑになられた櫻もあつた。ひこばへで立派な櫻である。また、小手指ヶ原合戰の時に宗良親王が陣をお置きになられたとされる「宗良親王遺跡」もある。
また、攝社には航空神社の跡地にたつ小手指神社あつた。日淸日露の兩役から大東亞戰爭の英靈をお祀りしてゐる社である。
當社は來てよかつたと思ふ社であつた。

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▼十二月の終はりにも拘はらず、もみぢが落ちてゐた。
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▼立派な手水舎
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▼なかは龍が描かれてゐた。
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▼拜殿
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▼本殿
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▼前田利家が植ゑたとされる「大納言梅」
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▼こちらは須佐之男命がお植ゑになられたとされる「尊櫻」
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▼境内に鎮坐してゐる小手指神社
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2015-01-26

歴史的假名遣ひを書かう その8

■「ズ・ヅ」について多くは「ず」と書く。但し、以下の語は例外的に「づ」と書く。

あづける(預ける) あづき(小豆) あづさ(梓) あづま(東 )いかづち(雷) いたづら(惡戲) いづみ(泉) いづも(出雲) いづれ(何れ )いなづま(稻妻) うづ(渦) うづく(疼く) うづくまる(蹲る) うづめる(埋める )うづら(鶉 )うはづる(上ずる) おとづれる(訪れる) おのづから(自づから) かかづらふ(拘づらふ) かけづる(駆けづる) かたづ(固唾 かづける(被ける) かはづ(蛙) きづく(築く) きづま(氣褄) くづ(屑) くづれる(崩れる) けづる(削る) さづける(授ける) さへづる(囀る) しづか(靜か) たづき(方便) たづさはる(携はる) なづむ(泥む) なづな(薺) まなづ(鯰) はづれる(外れる) はづかしい(恥づかしい) まづ(先づ) まづい(拙い) まづしい(貧しい) みづ(水) みづから(自ら) めづらしい(珍しい) もづく(水雲) ゆづる(譲る) よろづ(萬) わづか(僅か) わづらふ(患ふ)

※こちらも「ジ・ヂ」と同じく暗記が基本ですが、まあ、漢字で書くはうが多いと思ひますので、日常的に意識することはないのかもしれません。
因みに、稟議などでよく「先づ」は注意されます。これは假名で書くことも多いですから、ついうつかり「まづは」なんて書いてしまひます。

2015-01-25

歴史的假名遣ひを書かう その7

■「ジ・ヂ」について多くは「じ」と書く。但し、以下の語は例外的に「ぢ」と書く。

あぢ(味 )あぢ(鰺) あぢきない(味気ない )あぢさゐ(紫陽花) いくぢない(意気地ない) いぢける いぢめる(虐める) いじらしい いぢる(弄る) うぢ(氏) うぢ(宇治) おぢる(怖ぢる) かうぢ(麴) かぢ(舵) かぢ(梶) かぢ(鍛冶) くぢら(鯨) けぢめ こぢる(抉る) しめぢ(濕地、占地) すぢ(筋) ぢか(直) ぢく(軸) ぢぢ(爺) ぢみ(地味) ぢみち(地道) ・・・ぢや どぢやう(泥鰌) とぢる(閉ぢる) とぢる(綴ぢる) なめくぢ(蛞蝓) なんぢ(汝) ねぢる(捻ぢる) はぢる(恥ぢる) ひぢ(肘) ふぢ(藤) もぢる(捩る) もみぢ(紅葉) やそぢ(八十歳) やぢうま(野次馬) よぢる(攀じる) わらぢ(草鞋) をぢ(叔父)

※基本的には暗記するしかないけれども、漢字で「地」は「ぢ」になる。鼻血の場合、「はなぢ」と書き「はなじ」と書かないのと同じである。「路地」は「ろぢ」と書くのが正しい筈。「ろじ」と書く現代仮名遣ひは、「はなぢ」と「ろじ」で二重基準を持つてゐる間違つた書き方である。

2015-01-24

芝谷古墳

X市の高級住宅街である日吉臺の公園の中にある古墳。割合大きな古墳である。造營は大凡四世紀頃と推定されてゐる。被葬者は不明。周邊には多くの古墳が點在してゐる。當地の少し南は浦堂と呼ばれ、X市では古くから榮えた土地である。恐らく浦堂一帶を支配した有力者が被葬者なのだらう。

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▼てつきり方墳だと思つてゐたら、前方後圓墳とのこと。宅地造成で削られたのだらう。
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2015-01-23

羅王山古墳

X市の古曾部町で府立○高校の隣にある古墳。階段を上がり山頂に祠がある。敎育委員會の駒札もないしネットで調べてみようとしてもあまり出て來ないので、この古墳の詳しいことは解らない。解らないだけでなく場所も解りづらく、○高の傍をうろ/\を相當徘徊することになり、なんか妙に氣まずかつた記憶がある古墳であつた。いやはや、「怪しい者ではないのですよ、たゞの歷史好きなだけですよ」と思ふのだが、良く考へたら僕は周りから寺社佛閣とか佛像とか和歌とか古墳とかと言つてゐる變な趣味がある變人と思はれてゐた。あ、やつぱり變人だつたのかもしれない。

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2015-01-22

鬪鷄野神社と鬪鷄山古墳

X市の氷室町に鎭坐する社。社の目の前を名神高速が走つてをり、痛々しい境內である。この社の創建の詳細はいまいちよく解らない。但し、古くから周邊の方々の崇敬を受けてゐたようである。
當社の裏手には小高い山と言ふか岡があり、これは、鬪鷄山古墳と言ふ。大凡四世紀頃の未盜掘の古墳である。未盜掘と言ふのが素晴らしい。X市では、掘つてしまつた爲に中を壞してしまつた高松塚古墳の失敗を敎訓として發掘する方法を摸索してゐるやうで、平成二十二年頃には發掘するやうな事を言つてゐたが、そのどうなつてゐるのかは解らない。

▼鳥居を潜り、階段を上がる。
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▼こゝは、名神高速の上。參道が高速の陸橋(歩道)となつてゐる。
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▼境内に到着。この寫眞では、偶々工事をしてゐた。普段はこのやうにコーンがあつたりする譯ではない。
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▼境内の脇から社殿の裏手へ
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▼古墳には立ち入り禁止。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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