2014-11-30

神魂神社

島根縣松江市大庭町に鎭坐する伊耶那美命をお祀りする社。本殿は現存する最古の大社造建造物とのこと。國寶に認定されてゐる。境內は落ち着いた雰圍氣のする嚴な社である。熊野大社からの道すがらに岩坂陵墓參考地と言ふ伊耶那美命のご神陵の推定地があつた。このご神陵以外にも周邊には古墳があるやうで、古來から榮えてゐたのだらう。

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▼古さだけでなく、作りも雄大で素晴らしい
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神無月玖日 橘右

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

2014-11-29

熊野大社

島根縣松江市八雲町熊野にある社で、伊邪那伎日眞名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御氣野命を祭神としてお祀りしてゐる。「伊邪那伎日眞名子」とは伊邪那伎神の可愛がる子であり、「加夫呂伎」は神聖な祖神、「熊野大神櫛御氣野命」とは、この熊野に坐します尊い神の櫛御氣野命と言ふことゝ言はれてゐる。一般的には當社の祭神は須佐之男命と同一だと言はれてゐるが、まあ、どうなんだらう。
大國主命が根堅須國にゐる須佐之男命に會ひに行く前に木の國(紀伊)に行くと言ふやうなことも書かれてゐるので、出雲と紀伊は何かしらのつながりがあるだらう。

▼久々登場みャ
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▼隨神門の注連繩も立派である
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▼拝殿
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▼稻田神社。櫛名田比売命、足名椎命あ、手名椎命をお祀りする
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▼伊邪那美神社。伊邪那美命をお祀りする
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神無月捌日(上弦) 橘右

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

2014-11-28

須賀神社

島根縣雲南市大東町須賀にある社。日本國の最初の宮殿が營まれた地とも和歌發祥の地とも言はれてゐる。
以下、古事記(角川ソフィア文庫:中村啟信譯註)の訓讀文から引用

故是を以ち其の速須佐之男命、宮を造作るべき地を出雲國に求ぎたまふ。尓しか須賀の地に至り坐して詔りたまはく、「吾此地に來、我が御心すが/\し」とのりたまひて、其地に宮を作り坐す。故其地は今に須賀と云ふ。

と言ふ譯で、當社がその宮が置かれた場所と傳はつてゐる。又、その宮殿が出來あがつたときに、

八雲立つ出雲八重垣妻籠みに 八重垣作るその八重垣を

と歌をお詠みになられた。この歌が日本で初めて詠まれた和歌だと古今和歌集の假名序に書いてある。
靜岡大學の佐藤名譽敎授は、最新の科學技術を用ゐて、日本では凡そ5,000年前には栗などの栽培が行はれてゐたことを證明してゐる。我々の祖先は、狩猟も農耕も同時に行ひ定住してゐたやうだ。當地を見ると正面は川が流れ背面に山がある。川では魚が獲れ、山では山菜や鳥獸が獲れる。當地は、狩猟と農耕を同時に行ふに足る場所である。須佐神社も似たやうな場所であつた。古事記の傳承がそのまゝ當てはまるかは別にして、この邊りに古い聚落があつたとしても不思議ではない。

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▼拝殿
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▼横からみた本殿
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▼本殿裏山には御親神社がある
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▼御親神社には足名椎命・手名椎命が祀られてゐる
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▼こゝから先は奥の宮。かなりの急勾配を登ることになる
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神無月柒日 橘右

テーマ : 歴史
ジャンル : 学問・文化・芸術

2014-11-27

玉作湯神社

玉造湯溫泉街に鎭坐してゐる社で、櫛明玉神、大名持神、少毘古那神をお祀りしてゐる。訪れる人も多く、特に女性の姿が目に付く境內である。玉造湯溫泉は女性に人氣のやうだし、境內に觸ると願ひが叶ふと言ふ願ひ石と呼ばれる石があるからだらう。
當社の鎭坐する山には玉造要害山城址があつた。現地で初めて知つたことからなんの情報もなくただ勢ひで登つて見た。遺構は全くと言つてよいほど整備されてをらず、繩張りの址はなんとなく解るが荒れ果てゝゐる。こゝで、問題が發生した。本丸址を後にしてしばらくすると、「はて?どこから登つて來たんだつたつけ?」と道が解らなくなつた。「やばい、道に迷つた」、これは大變なことになつた。小山とは言へ、山は山である。竹藪の中を堂々巡りするのみで、一向に道が見えない。やばい・・・。さうかうする內に、崖に出くはした。やばい・・・、もう戾れない・・・。下を見れば、まあ、2米はなさゝうであり、飛び降りれないこともないが、地面が見えない。草の下は土か川か?調べる手立てもない。どうしよう・・・。周圍を見渡すと枯れ木があつた。枯れ木を持ち「短いかな」と思つたが、崖の下を突かうと思ふが屆かない。やばい・・・。さらに周圍を見渡すと少し大きな石があつた。石を拾ひ崖下へ落としてみると、水の音もせず堅い物に當たつたやうな擧動をとつた。「まゝよ、行くも地獄、戾るも地獄」と思ひ、えいと飛び降りた。よかつた、地面だつた。「なむ助かつた」。けがもなく、10米もあるくと當社の境內についた。
そんなこんなで當社は命拾ひをした思ひ出のある社である。

▼島根縣には伊耶那美命の神陵と言はれてゐる地が多くある。
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▼本殿
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▼城跡は輕い氣持ちで登るのは危險だ
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▼このやうな縄張りになつてゐる
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▼本丸跡。こゝまではよかつた。因みに、遭難中の寫眞はありません。寫眞を撮つてゐるやうな餘裕がなかつたtamatsukuriyu05.jpg

神無月陸日 橘右

テーマ : 歴史
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2014-11-26

八俣大蛇公園

島根縣雲南市木次町新市にある、斐伊川沿ひの小さな公園。こゝは、須佐之男命が鳥上の峯に天降つたのちに、斐伊川沿ひを步いてゐたら、箸が流れて來たので、上流に人が住んでゐると悟つたのが當地と傳はる。現在は、須佐之男命が劍を持ち、大蛇と對峙する場面の像が公園內に建つてゐる。まあ、當地に着いてみると寫眞で見る以上に・・・な感じではあります。

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▼ほのぼのとしてゐる公園だ
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▼大蛇が意外に可愛い
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神無月伍日 橘右

2014-11-25

八口神社(印瀨の壺神)

須佐之男命の八岐大蛇退治の神蹟の最後は八口神社。同名の社は旣に投稿してゐるが、前の社は大蛇の頭を射かけた場所に對して、こちらのはうは八鹽折酒を入れた壺をお祀りする。かつてはこの壺はむき出しで保管されてゐたさうだが、觸つた人は必ず神罰に當たるので今は地中に埋めて磐で蓋をしてゐる。
當社の場所は木次町西日登と言ふ相當なる場所で、細い道を車でがん/\上がり、道を間違へてゐないか不安になつた頃に、少し廣い場所に出くはす。そこで車を降りて畦道をとぼとぼ步くと當社の鳥居が見える。鳥居を潛り階段を上がる。息が切れてもう無理となるやうな頃に、なにやら不穩な空氣が周圍を包んだ。そこが、當社境內である。先に投稿した荒神をお祀りしてゐる社と似た雰圍氣だ。なんとなく、居心地が惡くなり、すご/\と當社を後にした。

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神無月肆日 橘右

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2014-11-24

河邊神社

島根縣雲南市木次町上熊谷に鎭坐する社、櫛名田比賣命をお祀りする。當社は櫛名田比賣命がご懷妊された時に、當地で產湯をお使ひになられたとのこと。
當社の印象は、不謹愼だがその道程が色濃い。カーナビで大まかな場所を入力したが、田んぼの中を指してゐて不安であつた。そんな中、案內表示があつたので、「なむ助かつた」とばかりに表示通りに曲がつたは良いが、少し進むとほぼ畦道と言つてもよいやうな場所に出てしまつた。Uターンなど出來ない、かと言つてバックも煩はしい。「まゝよ」と思ひ、ひや/\しながら進んでゐたら當社に着いた。で、歸りだが、當社の脇の鋪裝された道を進むとしばらくして先の案內表示に出た。まあ、そんなものだと思ふ。

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神無月參日 橘右

2014-11-23

斐伊神社

島根縣雲南市木次町に鎭坐する社で、須佐之男命、櫛名田比賣命、伊都之尾羽張命をお祀りしてゐる。伊都之尾羽張命とは、伊射那岐命が迦具土神を斬つた時の十掬劍がこの伊都尾羽張命と言はれてゐる。斐伊川沿ひの社には、天叢雲剱に伊都尾羽張命と何かと剱に關する傳承がある。
さて、當社は飛び地を持つてをり、その飛び地は八本杉と言はれ、八本の杉の木が植ゑられてゐる。この地は八岐大蛇の首を埋めた塚であるさうだ。

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▼こちらが八本杉
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神無月貮日 橘右

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2014-11-22

御代神社

尾留大明神が數々の水難により當地へ遷坐し社名を御代神社と改めたのが當社。場所は尾留大明神舊社地から大凡南東に數百米進んだところ。祭神は須佐之男命、櫛名田比賣命、大山咋神。
當社は、初め志賀の日吉大社から大己貴命を始め貮拾壹柱の神を分靈勸請して創建されたさうだ。そのゝちに、尾留大明神が遷坐して來て今日に至つてゐる。
水難で鎭坐地が移轉すると言ふのは、いかに斐伊川の氾濫が凄まじかつたのかを物語つてゐる。現在の社池は少し高臺にあるし、往年に比べはるかに治水の技術が上がつてゐることから、斐伊川が氾濫し大きな被害を及ぼすこともあまりないだらう。かう考へると、當社に大山咋神がお祀りされてゐることも納得できる。

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▼オレっち達の久々登場ミャ。橘右は神蹟で昂奮してオレっち達の寫眞を撮り忘れてゐたミャ。
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神無月壹日 橘右

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2014-11-21

尾留大明神舊社地

須佐之男命が八岐大蛇の尻尾から天叢雲剱を切り出した神蹟。かつては尾留大明神と言ふ社が鎭坐してゐたのだが、度重なる斐伊川の氾濫で社殿等が流され、現在は近くに鎭坐する御代神社に合祀されてゐるさうだ。場所は島根縣雲南市加茂町三代。
斐伊川は、古來より都度/\氾濫して流域の方々に大きな被害を及ぼし續けた川である。それ故に、八岐大蛇になぞられたのだらう。その大蛇の尻尾から劍が出て來たと言ふ插話は、おそらく、この川から良質な砂鐵が取れたことに由來すると思はれる。
現在、天叢雲剱はご存じのとほり三種の神器のひとつとして熱田神宮にお祀りされてゐる。大蛇の尻尾から切り出された天叢雲剱は須佐之男命により天照大御神へ獻上され、やがて天邇岐志國邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命の手に渡り、邇邇藝命と共に豐葦原中國へ降臨することになつた。その後、景行天皇御代に倭健命の東征に際して倭比賣命から倭健命に手渡された。倭健命は、伊吹山へ行つたときに天叢雲剱を尾張國で結婚した宮簀媛に預けたことにより、天叢雲剱の神通力を得られず、伊吹山で薨去されるに至つた。その後、宮簀媛は熱田神宮に天叢雲剱をお祀りし現在に至つてゐるのだが、六六八年に一度盜難された。速やかに犯人を取り押さえ、天叢雲剱は無事奪還出來たが、その犯人は、朝鮮人である。
盜人の朝鮮人は道行と言ふ名の新羅の僧であつた。この朝鮮人は、天叢雲剱を得たら金持ちになれると思ひ犯行に及んだとのこと。僧侶のくせにとんでもない下衆である。
朝鮮通信使と言ふ外交使節でさへ、鳥を盜んでゐる。「通信使淀城下到着圖」と言ふ繪には鳥を盜んで町人と亂鬪を起こす朝鮮通信使團が鮮やかに描かれてゐる。外交使節團が他國に赴いて盜みを働くなど普通の國からは想像も出來ない破廉恥な行爲だ。然も、現韓國大統領が米國へ外遊中に大統領報道官が强姦して自國に逃げ歸ると言ふことをしてゐる。今も昔も變はることなく外交使節が他國で犯罪を犯す國が隣國とは我が國は不幸である。

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閏長月貮拾玖日 橘右

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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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