2014-04-30

護王神社

道鏡の皇位簒奪を沮止した護國救濟の士である和氣淸麻呂公とその姉の和氣廣蟲をお祀りする社。
孝明天皇が淸麻呂公の功績を讚へ、神護寺境內にある和氣淸麻呂公廟(護王善神堂)を護王神社としたことに始まる。その後、明治天皇の敕命により神護寺境內から京都御苑蛤御門前に遷坐した。和氣淸麻呂公は、戰後生まれの人には馴染みが薄いかもしれないが、かつては拾圓紙幤に印刷されてゐたほどの偉人である。
當社は足腰の病に御利益があるさうで、淸麻呂公が宇佐への配流の道中に道鏡の刺客に襲はれたが、突如現れた三百頭餘の猪に難事を救はれたとの故事にちなむ。故に境內に猪の意匠が數多くあり、初詣で參拜した時には白黑2頭の猪がどこからか派遣され、愛嬌をふりまいてゐた。猪もなかなか可愛いものだ。
又、境內には淸麻呂公の銅像が立ち、その後ろに細(さざれ)石が置かれてゐる。因みに、この細石は國歌に詠はれてゐる細石の現物ではない。國歌は、古來から目上の親しい人の長壽を祝ふ歌で古今和歌集の賀歌の一番目の「わが君は千代に八千代に細石の巖となりて苔のむすまで」が原典。この歌が詠み人智らずである事は面白い。それだけ多くの人々に詠はれ續け親しまれてきたのだらう。長壽を祝ふことから、國家の永續を願ひ、「わが君は」から「君が代は」に轉化し國歌となつた。その爲、個體としての細石ではなく槪念としての細石であり、どこにある細石が詠まれたと言ふことではない。
細石の謂れはともかく、護國救濟の士をお祀りするに相應しい雰圍氣のある社である。
祭神:和氣淸麻呂命、和氣廣蟲命
配祀:藤原百川命、路豊永命
御朱印:あり
御朱印帳:色違ひ二種あり
駐車場:数臺

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細石
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
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