2017-01-14

源義國墓所

橘右は當ブログで何度か德川氏は新田氏を假冒してゐるのではと言ふやうな事を書いてゐる。その抒情的な理由としてこの墓所があげられる。こゝは義國神社と言ひ周邊の人から篤い崇敬を受けてゐたさうだ。で、こちらの案內板を讀むと「德川吉宗が白銀五枚を奉納」と書いてある。儉約家の吉宗だから白銀五枚だつたとしておかう。それは良い。が、德川發祥の地にくらべ曩祖の墓所が餘りにも寂しい氣がする。まあ、だからと言つてこれが德川氏の新田氏假冒の根據であると言ふ譯ではないですし、もしかしたら、往年はもつと立派だつたのかもしれない。或いは、祠の裏手にある供養塔は源義國のものではないのかもしれない。
どちらにしても、少しと言ふかかなりさびれた場所であることには違ひない。

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▼お社の狀態も良くないですが、それ以上に德川氏の曩祖が眠るにはあまりにも荒れ果て過ぎだ。
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2017-01-13

青蓮寺と岩松館址

時宗に屬し、山號を岩松山、寺號を義國院靑蓮寺と稱す。ご本尊は、阿彌陀如來立像で、開基は源(新田)義國だとされてゐる。義國はこの地に館を構へてゐたとされる。靑蓮寺の脇には岩松氏の舘があつたと言ふ公園もあつた。岩松氏は義國の子足利義兼の子足利義純から枝分かれした足利氏庶流。義純は新田義重の庇護を受けたさうで、そのことから新田氏とは緣が深く、新田義貞や脇屋義助ら新田氏嫡流が滅んだ後に新田氏を名乘り出し、そのことから、同じく新田氏を名乘る德川氏に重寳された。當寺は、さやうな背景もあり、岩松氏や德川氏からの崇敬が篤く德川から寺領として二十五斛を與へられたりしてゐた。

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▼山門は随分老朽化してゐるやうだ。
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▼この地圖は不正確です。迷ひに迷つて、源義國墓所に辿りついた。
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▼鐘がない・・・。
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▼本堂
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▼靑蓮寺に隣接しゐる公園がその舘址のやうだ。
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▼この通り往年の面影はない。
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2017-01-12

花見塚公園

わが袖の淚にくもるかげをだに 知らで雲井の日やすむらん

この歌は、新田義貞が勾當內侍に送つた和歌。勾當內侍とは後醍醐天皇に仕へた女性で、新田義貞が一目ぼれし、のちに義貞の妻となつた。
太平記によると建武三年に京で足利高氏に勝利した新田義貞は、勾當內侍の許を去り難く追擊せず、足利高氏の九州での再起を許してしまつたと書かれてゐる。この話は眉唾ものであると言ふ說がある。橘右と同樣に、新田義貞の言動を見ると太平記に書かれてゐるやうに勾當內侍と別れがたく勝機を逸したと言ふのは考へられづらいと感じてゐる人が少なからずゐると言ふ事だ。
勾當內侍は、越前國藤島で戰死し、足利高氏により京で曝し首となつた新田義貞の首級を奪ひ嵯峨野の往生院(現瀧口寺)に首級を葬り一生そこで義貞の菩提を弔つたと言はれ、瀧口寺の境內に新田義貞の首塚がある。

さて、この花見塚公園であるが、公園內に塚があり塚の脇に五基のお墓があつた。その中の大きな二つのうち正面から見て左が新田義貞の供養塔で右が勾當內侍の墓であるとされてゐる。こちらの傳承では、勾當內侍は義貞の故鄕で儀源比丘尼と稱して餘生を新田義貞の菩提を弔つて過ごしたと傳はる。
時は流れ、いつしかこの塚の周邊に躑躅が群棲した。群棲する躑躅を見た舘林城主の榊原忠次は舘林城內の沼にこゝの躑躅を移植した。この移植した躑躅は、現在、勾當內侍遺愛の躑躅として舘山城址にあるつゝじが岡公園の中で每年美しい花を咲かせてゐる。

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2017-01-11

義助板碑

以前に新田觸不動尊としてご紹介した明王院安養寺にある板碑。昭和八年に偶然見つかつたさうだ。この板碑は新田義貞公に隨ひ後醍醐天皇に忠誠を誓ひ打倒足利高氏の命を受けて各地を轉戰、伊豫で病歿した脇屋義助公の遺德を偲ぶ爲に建立された。この板碑により義助公の正確な歿年が判明したさうだ。
太平記には義助公の言葉はあまり多く語られてゐない。が、決して多くない中でも、義助公が眞直ぐで剛毅な人柄であつたと感じられる。寡默だつたかおしやべりなのかは解らないが、橘右は寡默な人と言ふ風に想像してゐる。
普段寡默な人だが、必要な時には必要なことを話す。決して人を裏切らず、どんな難局でも一步も引かない豪膽さを備へてゐるだけに、その言葉は人の胸に刺さる。さう言ふ感じの人だつたんぢやないかと。
太平記卷十「義貞叛逆の事」より引用します。
「弓矢の道、死を輕くして命を重くするを以て、儀とせり。就中、相模守(北條氏)天下を取つて百六十餘年、今に至つて武威盛んに振るひて、その命を重んぜずと云ふ事なし。されば、たとひ戶祢川(利根川)を境ひて防き戰ふと云へども、運命盡きなば叶ふべからず。また、越後の一族を憑みたりとも、人の心和せずは久しき謀にあらず。さしたる事もし出ださざるものゆゑに、こゝかしこに落ち行きて、新田こそ相模守が使ひを切つたりし罪によつて、他國へ逃げて討たれたりしかなど、天下の人口に及ばん事、口惜しかるべし。とても討死せんずる命を、謀叛人と云はれて、朝家のために命を捨てたらんは、亡き跡までも、勇みは子孫の顏を悅ばしめ、名は路徑の屍を淸むべし。先だつて綸旨を申し賜りしは、いつのための御用ぞや。宣旨を額に當てゝ、運命を天に任せて、一騎なりとも國中に打つて出でて、義兵を揚げたらんは、後代の名譽たるべし。もし勢附かば、やがて鐮倉を攻むべし。勢附かずは、たゞ鐮倉の方を枕にして、討死するより外の事や候ふべき」
この言葉は、北條氏の命を受け楠正成が籠城する赤坂城を包圍する軍に加はつてゐた新田義貞公が、船田入道に命じて護良親王からの綸旨を得て上州新田莊へ歸つた後、鐮倉の代官と揉め事をおこして一人は呪縛、一人を殺害した咎を受けて、鐮倉から追捕の兵が派兵される事に對する軍議の場での發言。集まつた者たちが越後の親類に加勢を憑めだとか利根川を封鎖して籠城だと異見し、義貞公が逡巡してゐるときに義助公が語つたと太平記が傳へる。「先だつて綸旨を申し賜りしは、いつのための御用ぞや。宣旨を額に當てゝ、運命を天に任せて、一騎なりとも國中に打つて出でて、義兵を揚げたらんは、後代の名譽たるべし。もし勢附かば、やがて鐮倉を攻むべし。勢附かずは、たゞ鐮倉の方を枕にして、討死するより外の事や候ふべき」と言ふ言葉は、普段は寡默だが決して人を裏切つたり噓を平氣で吐くことがなく、常に死を恐れたりする事がない豪膽な心構へを持つてゐる人間が語るから周りがこれまでの消極的な意見を捨てゝ、勇氣を持つんだと橘右は思ふ。
人を裏切つたり噓を平氣で重ねたりせず、どんな困難でも一步も引かず、義を重んじ忠節を曲げず、やむなく病歿してしまつた脇屋義助公の生き方は、後世に生きる吾々が男の生き樣として稱讚し、さうありたいと目標にすべき生き方である。
僕のかうありたい。そして、義助公の生き樣は、その義を重んじ、後醍醐天皇への忠節を護り續けたその人生は、後世太平記に記され、我が國の歷史にしかと刻まれ、忠義の人物として名を遺した。まさに公自身が語つた詞そのまゝである。
「朝家のために命を捨てたらんは、亡き跡までも、勇みは子孫の顏を悅ばしめ、名は路徑の屍を淸むべし。」

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2017-01-10

船田義昌館址

新田義貞公の執事だつたとされる人物の館跡。今は面影がなく標柱のみが建つてゐる。
船田義昌は、赤坂城攻めをしてゐた時に義貞公から護良親王の令旨を賜るやうに命じられ、見事綸旨を賜るなど義貞公の信賴があつかつた人物。天龍川の浮橋では義貞公と手を取り合つて難を逃れた。
常に義貞公の傍にゐて公を支へてゐたが、建武三年に細川定禪の計略に嵌り、命を落とした。

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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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