2018-02-20

長州藩藩邸址

實はご維新についての僕なりの評價はそれほどでもない。どこぞの政黨が黨名にするほど立派なものなのかと。と言ふのは、攘夷派と開國派、討幕派と佐幕派、德川と毛利・島津の爭ひではなかつたか。山內も元は織田氏、羽柴(木下)氏の家臣であつた。公家衆は賴朝以來幕府に政務を牛耳られてゐたので、またとないチャンスと思つたことだらう。謂はば、權力爭ひだつたのではないか。僕はさう言ふ印象を持つてゐる。但し、幕末に生きた人達は現代人よりも物事を眞劍に考へた。彼等の生き樣は大いにお手本としたいほど立派である。確かに現代人は敗戰を契機に混亂し自己を見失ひ、大切なものが見えなくなつてしまつてゐるが、吾々の先祖が積み上げた美德を嘲笑ひ、「ばれなければ何をしてもよい」「法律に觸れさへしなれば何をしても良い」「騙されるはうが惡い」と言ふ考へを持ち、他人を欺ひたり出し拔くことが賢いと言ふ考へを持つ人間が增へた。幕末の人々はそんな考へは露ほどももつてゐなかつた。ご維新への評價がそれほどでもなくても、僕の幕末に生きた人々への評價は高い。現代はつまらぬ人物で溢れかへつてゐる。嘆かわしいことである。
本日は長州藩の藩邸址の話ですが、こゝで西鄕どん、つまり南洲翁の遺訓をひとつ。
「廣く各國の制度を採り開明に進まんとならば、先づ我が國の本體を居ゑ風敎を張り、然して後徐かに彼の長所を斟酌するものぞ。否らずして猥りに彼れに倣ひなば、國體は衰頽し、風敎は萎靡して匡救す可からず、終に彼の制を受くるに至らんとす。」
先の大戰の敗戰後の我々は亞米利加風な思考、文化を受け入れざるを得なくなつたが、南洲翁の言ふ通り「先づ我が國の本體を居ゑ風敎を張り、然して後徐かに彼の長所を斟酌するものぞ」である。我が國の國風が根柢にあつてこその歐米の考へ方である。なんでもかんでも歐米が良くて我が國風が駄目であると言ふ論調「○○國に學べ」は僕からは阿呆に見える。然し現實は、戰後に我が國風を捨て去り歐米風を尊しとしてしまつたのだ。それが現在の混亂の原因だ。敗戰すると言ふのはかう言ふことである。南洲翁の言葉は重い。「否らずして猥りに彼れに倣ひなば、國體は衰頽し、風敎は萎靡して匡救す可からず」。今まさにその通りになつてしまつてゐる。
さて/\、長州藩の藩邸は現在東京ミッドタウンから六本木ヒルズのある邊りにあつたさうだ。ミッドタウンは下屋敷、ヒルズには分家の毛利甲斐守屋敷があつた。各々、都の規制があるのだらうか、敷地內に公園があり、ミッドタウンのはうは檜町公園、ヒルズは毛利公園となつてをり日本庭園風な池がある。上屋敷は日比谷公園らしい。六本木から日比谷までとは隨分と廣い。都心の一等地であるからビルが建つのは仕方がないことだとは思ふが、我が國の史蹟は大切にしたいものだ。

▼六本木ヒルズの隣に「毛利庭園」と言ふ公園があり、そこには毛利甲斐守の屋敷があつた。
morihantei01.jpg

morihantei02.jpg

morihantei03.jpg

morihantei04.jpg

▼東京タワーが見えました。
morihantei05.jpg

▼續いては東京ミッドタウンの裏手の公園へとまゐりませう。
morihantei06.jpg

▼こちらには下屋敷があつたさうです。
morihantei07.jpg

morihantei08.jpg

morihantei09.jpg

morihantei10.jpg

2018-02-18

妙見山別院

こちらのお寺は珍しい。「妙見山別院」、つまり別院と言ふことなので本院は別にある。この本院は大阪の能勢町にある妙見さん。妙見とは、北辰妙見菩薩とも言ひ、古代支那の星信仰からきてゐる。北辰とあるやうに妙見菩薩は北極星を神格化させたものだと言はれてゐる。やがて日本では神佛習合により天御中主神と習合した。明治に入り神佛分離により、神社は天御中主神にお寺は妙見菩薩に分けられた。
さて、こちらのお寺ですが、攝津源氏の庶流能勢氏は能勢の妙見さんを篤く信仰してゐた爲、江戶期に能勢賴直が當地に下屋敷を拜領した時に妙見さんを分請したことにより、當寺が建てられた。
なほ、こちらは勝海舟が病を治す爲に願掛けしたら治つたと言ふことがあつたさうで、勝がお參りしてゐた寺院であるやうだ。

myokensan01.jpg

myokensan02.jpg

myokensan03.jpg

myokensan04.jpg

myokensan05.jpg

myokensan06.jpg

myokensan07.jpg

myokensan08.jpg

2018-02-14

勝海舟邸宅址(赤坂)

勝安房は先日の岡本屋敷から赤坂にある氷川神社の近くに居を移したやうで、晚年は赤坂で海軍史編纂などを行ひながらひつそりと餘生を過ごしたやうである。赤坂には、勝海舟邸宅址と書かれた標柱と石碑がある。場所は各々少し離れてゐる。兩方が敷地內なのか、どちらかが誤りか。勝くらゐだと廣いお屋敷に住んでゐたとしても不思議ではないから兩方當りなのかもしれない。どちらも現在では屋敷の遺構など跡形もない。

katsuawa01_2018020519522867a.jpg

katsuawa02_201802051952304aa.jpg

katsuawa03_2018020519523169e.jpg

katsuawa04_20180205195233dc1.jpg

katsuawa05_201802051952340d3.jpg

katsuawa06_20180205195236280.jpg

2018-02-12

勝海舟邸址(岡本屋敷)

男谷家で產れた海舟は、その後、旗本の家を轉々とし七歲の時に同じ旗本の岡本の家に落ち着いたやうだ。まあ、旗本と言つても格が色々あり、勝の家はあまり格が高くなかつたと言ふことなんだと思ふ。我が國の江戶期は少々他國からみたら變つてゐる點がある。と言ふのは農村のはうが裕福で下級武士は極めて貧乏だつたと言ふ事が全國的に見られる。つまり、支配層よりも被支配層のはうが裕福だと言ふまことへんてこな狀況があつたと言ふことだ。マルクス主義的には絕對に受け入れられないことだらう。
が、事實として江戶期に下級武士よりも裕福な農民がゐたのだ。例へば坂本龍馬のやうな鄕士の存在だ。藩財政が疲弊したから、苗字帶刀を大安賣りしたのだ。農民に財力を蓄へてゐるものがゐて、その財力を藩の財政の足しにしようと考へたからおこることだ。農民が裕福で藩の財政が困つてゐなければ成立しない。財政が困ると言ふことはそこから出る給金が少なくなると言ふことだ。藩主や家老格はまだ良いだらうが下級藩士ともなると給金が足りなく貧乏になるのは自然の攝理と言つても良いだらう。
また、地方のお社やお寺の彫刻等を見ると良い。立派な社殿やお堂が到る所にある。あの社殿やお堂を建てるお金を出したのは誰か?藩がお金を出した場合もあるが、氏子や檀家が建立の費用を出してゐることも少なくない。いまでも地方には大衆藝能がある。文化を持つには財力がゐる。それに、元祿の文化は町人の文化であり武士ではない。文化を生み出すには財力が必要だ。
この藩士と農民の財力の逆轉を生んだ原因の一つは島原の亂だ。島原の亂は宗敎にかこつけただけで實情は松倉重政、勝家の苛酷な年貢の取り立てが原因。この亂後に苛酷な年貢を取り立て一揆がおこると藩が取り潰されるやうになつたので、各藩とも農民の不滿には氣を使ふやうになつた。なので、支配層と被支配層の富の逆轉が起きたのだ。良く考へると、禁門の變も長州征伐も鳥羽伏見の戰ひのいづれも農民の不滿が爆發しておこつたものではない。維新はマルクス的な社會革命の要素がほとんどない。言はば支配層の權力爭ひである。たゞ、强いて言ふなら西鄕も下級藩士でありあまり裕福ではなかつたやうなので、支配層では下層のものの不滿が原動力となつたことはあるかもしれない。
岡本屋敷は現在福祉施設となつてをり勝が住んだ屋敷の面影はないが、勝の幼いころの境遇を考へると、ふとこのやうな事を思ひだした。因みに農村が豐かだったのは島原の亂以外にも「勤勉革命」と言ふことがあつたさうです。「勤勉革命」についてはまたの機會にしたいと思ひます。

katsuokamoto01.jpg

katsuokamoto02.jpg

katsuokamoto03.jpg

2018-02-10

五柱稲荷神社(海舟揺籃之地)

搖籃とは幼少と同じやうな意味ださうです。つまり、搖籃の地と言ふことは勝海舟が幼少を過ごしたと言ふこと。勝が創建、或いは社殿を寄進と言ふことはなささうですが、海舟の家の傍にあつたと言ふことで搖籃の地となつたのだらう。
當社は、伏見稻荷を勸請したもので、五柱は稻荷神五柱からきてゐるやうです。因みに、神樣を數へる單位は「柱」です。

itsubashira01.jpg

itsubashira02.jpg

itsubashira03.jpg
プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
淡々と百人一首
    フリーエリア
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR
    御訪問ありがたうございます