2017-05-14

虎柏神社

東京都靑梅市根ヶ布に鎭坐し、大歲御祖神、惶根神をお祀りするお社。創建の頃は不明であるが言ひ傳へでは崇神天皇の御代に神戶を寄進されたとされる。覆殿の爲に見ることは出來ないがご本殿は三つに分かれてをり、正殿に大歲御祖神、惶根神を、東相殿に建御名方命と八坂刀賣命を、西相殿に素盞嗚尊と事代主命をお祀りしてをり、これは當社に源經基が諏訪社を、淺野長政が八雲社を勸請したことによる。
當社前のバス停の名前が諏訪神社前である。これは、明治三年まで諏訪神社と稱してゐたことと關係してゐるやうである。因みに、源經基は天慶三年(九四〇年)に平將門調伏の爲に諏訪神を勸請したとのこと。この時に現在、末社となつてゐる高峯神社も勸請したさうだ。
東京の郊外で驛からそれなりに距離がある所に鎭坐してゐることもあり、境內は木々に圍まれ靜寂で嚴かな雰圍氣を持つてゐた。

torakashiwa01.jpg

torakashiwa02.jpg

torakashiwa03.jpg

torakashiwa04.jpg

torakashiwa05.jpg

torakashiwa06.jpg

torakashiwa07.jpg

▼境内に入ると不氣味な音がしてゐた。熊かなにか獣のやうな鳴き聲だつたが、耳を澄ますと上空から聞こえた。
多分、この部分から音がしたんだと思ふ。木が倒れてもたれかゝり、風が吹くたびに擦れて音がしてゐた。
その瞬間、倒れてこないかとても心配になつて生きた心地がしなかつた。
torakashiwa08.jpg

▼ご本殿
torakashiwa09.jpg

torakashiwa10.jpg

torakashiwa11.jpg

▼さて、末社の高峯神社へとまゐりませう。
torakashiwa12.jpg

torakashiwa13.jpg

torakashiwa14.jpg

torakashiwa15.jpg

torakashiwa16.jpg

torakashiwa17.jpg

torakashiwa18.jpg

torakashiwa19.jpg

2017-05-04

勾当内侍遺愛の躑躅

太平記卷二十のうちの「左中將の首を梟る事」から少々引用させて戴きます。

『去んじ建武の始め、天下また亂れんとせし時、義貞朝臣、常に召され、內裏に仕り候はせられるが、或る夜、月冷じく、風秋かなるに、この內侍、半簾を卷いて、琴を彈じ給ひけるに、左中將、その怨聲に心引かれて、禁庭の月に立ちさまよふ。』
足利高氏の動向が怪しくなり出した建武三年(一三三五年)頃、新田義貞は後醍醐天皇の警護の爲にお側近くで仕つてゐた。ある秋風が吹く月の綺麗な夜に一人の女性が彈く琴の音を聞いて心戶惑つた。この琴を彈く女性は勾當內侍。この時、新田義貞は一目ぼれをしてしまつたやうだ。

わが袖の淚にくもるかげをだに 知らで雲井の日やすむらん

と歌を詠んだ。
『行末も知らぬ道に迷ひぬる心地(←「由良の門を渡る舟人楫をたえ 行方も知らぬ戀の道かな(新古今1071戀:曾禰好忠)を意識)し給ふ。朝(=朝廷)より夙に歸りて後も、ほのかなりつる面影の、なほこゝもとにあるやうに覺えて、世の諺人の云ひかよはす事も、耳の外なれば、いつとなく、起きもせず寢もせで夜を明かし(←(「起きもせで寢もせで夜を明かしては 春のものとてながめくらしつ(古今616戀歌三;在原業平)」を意識)、火を暮らしけるが、もし知るべくする海士のたよりもがなと(←「磯業つむ海士の知るべをたづねつゝ 君を見るめにうく淚かな(新敕撰:高松院右衞門佐)」を意識)、思ひ沈み給ふ』と太平記が記してゐるほどに萎れてしまつてゐたが、後醍醐天皇のお耳に新田義貞が勾當內侍に一目ぼれをしたと言ふ事が入つたやうで、帝は、
『夷心の分く方なく思ひ初めけるも理りなりと、叡慮、あはれなる方に思し召し知らせ給ひければ、御遊の次でに、中將を召され、御酒たまはらせ給ひけるに、「內侍をばこの盃に附けて」とぞ仰せ出だされける。』

かうして勾當內侍は義貞の妻となつた。勾當內侍は、新田義貞が越前で戰死した後、琵琶湖で投身したとも新田義貞の故鄕で餘生を過ごしたとも言はれてゐる。義貞の故鄕で餘生を過ごした勾當內侍は、この地に自生してゐる山躑躅を深く愛したさうで、この躑躅の古木は勾當內侍遺愛の躑躅と呼ばれてゐる。

kotonaishi01.jpg

kotonaishi02.jpg

kotonaishi03.jpg

kotonaishi04.jpg

kotonaishi05.jpg

kotonaishi06.jpg

kotonaishi07.jpg

kotonaishi08.jpg

2017-02-11

梶原淵

先にご紹介した城山砦址から川越城へと向かふルートの中間點邊りで、現在の地名が川越市池邊と言ふ所に小さな沼がある。この沼の邊りにはかつて街道(恐らく鐮倉街道上道の支線)が走つてゐたさうだ。この沼の名は辯天池ださうだが、別名がある。その別名は「梶原淵」。梶原淵の梶原は鐮倉時代のヒールと言へばこの人だと皆が思ふ「梶原景時」から來てゐる。なんでも、梶原がこゝで馬に水を飮ませた、或いは馬を洗つたからださうだ。
梶原が旅行、或いは出兵の路地で馬に水を飮ませたり體を洗つた沼や池はこゝ以外にも澤山あつたと思はれるが、なぜこゝは梶原の名が付き、後世まで殘つたのだらうか。

kajiwarafuchi01.jpg

kajiwarafuchi02.jpg

kajiwarafuchi03.jpg

kajiwarafuchi04.jpg

2017-02-08

平澤寺

天台宗に屬し、山號を成覺山、寺號を實相院平澤寺と稱す。北武藏では都幾川の慈光寺と雙璧をなすほどの古刹で、吾妻鑑の文治四年七月十三日の條に「武藏國平澤寺の院主職の事、僧永寬に付せられ訖んぬ。」とあり、永寬と言ふ僧が院主に任じられたことが書かれてゐる。
また、當寺に隣接する白山神社の本殿裏に經塚があつたさうで、江戶時代にその中から經筒が發見された。經筒に「平朝臣茲繩」と署名があつたとのこと。年號も「久安四年(一一四八年)」と刻まれてゐた。これは、平重綱、つまり秩父重綱だと推定されてゐる。まあ、畠山氏の居館があつた菅谷館から近いので、畠山重忠の曾祖父の重綱が經塚にお經を納めてもをかしくはないと思ふ。
その後、扇谷、山內の兩上杉氏の爭ひが關東でおこり、その戰火に卷き込まれ多くの堂宇を燒失した。七堂の伽藍と多數の僧坊があつたさうだが、現在は本堂と不動尊を安置するお堂とお墓の脇の階段を登つた先に白山神社が鎭坐してゐるのみである。

heitakuji01.jpg

heitakuji02.jpg

▼本堂
heitakuji03.jpg

▼不動尊を安置するお堂は本堂の裏手なので、本堂の脇からも行けるが、寫眞のやうに境外から階段を登つて行くことも出來る。
heitakuji04.jpg

heitakuji05.jpg

▼白山神社も本堂の脇から階段を登れば行けるが平澤寺の入口とは別に參道がある。
heitakuji06.jpg

heitakuji07.jpg

heitakuji08.jpg

▼この階段の先ではない。まだ/\階段を登らなければならない。
heitakuji09.jpg

heitakuji10.jpg

▼漸く社殿が見えてきた。が、まだ/\階段が續く。
heitakuji11.jpg

heitakuji12.jpg

▼お參りしたのは一月中旬。すでに椿が咲き、そして散つてゐた。今年は暖冬?
heitakuji13.jpg

2017-02-07

鶯の瀨

畠山重忠公が榛澤六郞成淸の家から歸宅する途中、荒川が增水して渡れなくなつたところ、鶯が鳴いて淺瀨を敎えてくれたので無事渡れるやうになつたとの故事があつた場所。重忠公は歌を詠んでゐる。

時ならぬきしの小笹の鶯は 淺瀨たずねて鳴き渡るらん

この故事があつた場所は井椋神社の裏手だとされてゐる。まあ、重忠公の館の傍だからさうなんだと思ふ。荒川は現在でも川幅が廣く、流れも急であつた。因みに、この話、榛澤成淸ではなく、平忠度を討ち取つた岡部六彌太だつたとも言はれてゐる。岡部忠澄は猪俣黨。忠澄の妻が重忠公の父、重能の娘だから、畠山重忠公と岡部忠澄は義兄弟である。畠山氏は秩父平氏の嫡流として勢力を誇り、丹黨の榛澤氏や猪俣黨の岡部氏などとも交流が深かつたことを表すお話だと思ふ。

uguisunose01.jpg

uguisunose02.jpg

uguisunose03.jpg

uguisunose04.jpg

uguisunose05.jpg

uguisunose06.jpg

uguisunose07.jpg
プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

最新記事
最新コメント
最新トラックバック
月別アーカイブ
カテゴリ
天気予報

-天気予報コム- -FC2-
淡々と百人一首
    フリーエリア
    検索フォーム
    RSSリンクの表示
    リンク
    ブロとも申請フォーム

    この人とブロともになる

    QRコード
    QR
    御訪問ありがたうございます