2017-12-03

三保の松原

靜岡縣靜岡市淸水區の三保半島にある景勝地。海岸に廣がる松原と眼下の駿河灣の向かうに見える富士山の織り成す風景が美しく、昔から多くの人に好まれた。この松を搖らす潮風と打ちつける波の音も昔から多くの人を惹きつけただと思はれるが、現在はこの音に關しては全く失はれてしまつてゐる。(なぜかは行けば解ります。騷々しくてとても波の音を樂しむことは出來ません。)
松原の一角に隣接地に鎭坐してゐる御穗神社の御神木である黑松が生えてゐる。この黑松は御穗神社の祭神である三穗津彥命、三穗津姬命が降臨する際の依り代とされる。三保の松原は周邊の環境破壞により海岸が浸蝕されたりしてをり、この松にも惡影響を與へてゐるのか、數年前に枯れてしまひ差し木をして保存してゐる。この松は謠曲の「羽衣」の所緣の地であるので、後世に繫いでゆきたいものである。

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▼オレっちの地酒コーミャー、久しぶり過ぎてどうやつて始めたら良いか解らないくらゐだみャ。
そんなことはさておき、今回、ご紹介するのは「臥龍梅」。静岡の三和酒造さんの銘酒。これ、呑んだことがないのでどんな味かはすみません、オレっち勉強不足ですみャ。
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2017-12-01

エアパーク

ほんたうは行く豫定ではありませんでした。昨年の衣川、江刺、盛岡の旅の時もさうだし、今年の冬の京都は御所拜觀の時に猛吹雪だつたしと近年ずつと天氣が惡い。今囘も中日の天氣が惡く、朝から大雨。少々時間もあつたこともあり、急遽豫定を變更して濱松の航空自衞隊の弘報があるエアパークに行つた。舘山寺溫泉から一時間もかゝらなかつたかな、一時間くらゐだつたかな、そんなに遠くなかつた。
館內は、F2支援戰鬪機を始め多くの支援戰鬪機が展示してあつた。退役してゐる機體はコックピットに乘ることが出來るものもある。また、館內にはドーム型のスクリーンを持つ上映室があり、航空自衞隊の活動を紹介するビデオが上映される。僕はブルーインパルスを紹介する囘に當つた。よかつたな。まあ、ドーム型は迫力があるとは言へやはり實物には敵はないとは思つたけど、思はぬところでブルーインパルスを堪能できるとは。
今囘は、急遽行つたことからあまり時間がなくゆつくりと見て廻れなかつたので、今度時間をとつてゆつくりと見て廻りたいと思つた。

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2017-11-25

浜名湖(内浦)

前囘で「直虎に思ひを馳せる」の目的地である井伊氏所緣の地は終りです。で、今日から數囘はこぼれ話ではないですが、井伊氏所緣の地を巡る旅の合間に立ち寄つた先をあれこれ書いてみようと思ふ。本日は、濱名湖。濱名湖の北側にある舘山寺溫泉は井伊谷や氣賀に一番近い溫泉街です。と言ふ譯で今囘は舘山寺溫泉に泊りました。濱名湖、特に內浦に面したお部屋からの眺めは良かつたです。宿泊したホテルのサービスでクルージングも出來ました。天候がいまいちでしたのが殘念。晴れてゐたらもつと良かつたのにな。
ところで、濱名湖は元々は淡水の湖だつた。入江となつてゐた場所に天龍川等から土砂が流れ堆積して湖となした。入江をふさいで出來た湖は僅かな砂濱で遠州灘と湖を隔て、その隔てた場所にかつては東海道が通つてゐた。
が、明應七年(一四九八年)の明應地震で湖と遠州灘を隔ててゐた陸地が毀れ、その結果、湖と遠州灘が繫がつてしまつた。これにより現在の濱名湖が出來き、濱名湖は汽水湖となつた。それにしても、明應地震は陸地が陷沒する程の大地震で、これは南海トラフが影響してゐるらしい。怖いな、南海トラフはいつ活動してもをかしくないと言はれてゐる。おきてしまふと四國、とくに高知は甚大な被害が發生すると豫想されてゐる。おきて慾しくないな。

▼贅沢にクルージングとまゐりませう。
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▼續いてはロープウェイに乘り、展望臺からの眺めとまゐりませう。
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▼さあ、正直者のトロは嚙まれないかもね。
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2017-10-02

早川殿

よく/\考へましたら、おんな城主直虎にとても素晴らしい女性が登場してゐるではないですか。ドラマの役名は「春」。「春」は「早川殿」と呼ばれる女性。小田原の早川と言ふ所に住んでゐたから「早川殿」と呼ばれてゐるが、實名はこの頃の女性全般に言へることで不明。法名が藏春院であるので、ドラマでは「春」と名付けたのだらう。
生年は不明で歿年は 慶長一八年(一六一三年)。北條氏康の娘と言ふことは解つてゐるが母親が誰か不明ださうだ。生年が不明ながら通說では氏政の姉(異母姉)とされてゐる。天文二三年(一五五四年)に今川氏眞の許に嫁いだ。輿入の行列が見事だつたさうだ。北條家に產れて玉のやうに大事にされ、政略結婚とは言へ夫となる人物は駿、遠、三の守護の今川家の御曹司で、歌舞音曲に優れた雅な男子と言ふなに一つ申し分のない華やかなお姬樣である。
その煌びやかな生活が突如として崩れゆく。切つ掛けは、桶狹間の敗戰。桶狹間を契機に三河では松平が裏切り、遠州は錯亂、同盟國の武田は領內で暗躍し、家中は火の車になる。旦那の氏眞は風評では歌舞音曲に溺れた凡愚とされてゐる。早川殿は氏眞をどのやうに見てゐたのだらうか。
永祿一一年(一五六八年)、武田と德川が北と西から今川領內に攻め入つた。戰巧者の武田勢の勢ひは强い上に駿河の家臣たちは我先に逃げ、駿府はたちまち落城してしまつた。この時、早川殿は武田に輿を與へられず徒步で掛川まで落ち延びることとなつた。この事は、父の北條氏康が激怒した。氏康の激怒は駿府を落され娘を危機にさらした今川氏眞ではなく、娘を辱めた武田信玄に向かふ。それも、果てしない程の怒りだつたやうで、氏康は武田との同盟を破毀して今川救援、更には氏眞が駿河を恢復する爲に積極的に支援した。宿敵である上杉謙信と手を結んでしまふ程激怒したと言ふ事は、氏康は早川殿のことを目に入れても痛くない程可愛がつてゐたのだらう。
この後も辛い。掛川に逃れた氏眞、早川殿は半年間の籠城の末に德川と和睦を結び、夫婦揃つて小田原に逃れた。その小田原でも不幸が襲ふ。父の氏康は武田に激怒してゐたが、弟の氏政は冷靜に情勢を見極め今川を捨てて武田と誼を通じた。この爲にやつかいものとなつてしまつた氏眞は濱松へゆく。この時、氏眞についてゆくのである。小田原は實家だ。なにも一緖にゆく必要もないし、實家からも止められたかもしれない。でも、早川殿は氏眞への愛を貫く。氏眞はかつての人質に頭を下げて隨身し、濱松から京、品川と轉居するが、早川殿は氏眞に寄り添ひ氏眞の行くところに必ずついて行つた。慶長十八年に氏眞に看取られながら往生する。その氏眞も一年足らずで歿す。
信長の妹の市姬のやうな容姿端麗な女性や寧々のやうな利發な女性、誾千代のやうな强い女性など戰國の動亂期は魅力的な女性がいつぱいゐる。早川殿の容姿や性格などは一切傳はつてゐない。たゞ、どのやうな狀況にあつても決して氏眞の許を離れず愛を貫き通した女性だ。今川氏眞は歌舞音曲に溺れて國を潰した愚者との風評(實際の氏眞は愚者ではないと思うが)が立つ人物だ。武田信玄の駿河侵攻では大變怖い思ひもしたし、氏眞はどん/\落ちぶれて行つた。まるでダメ男だ。氏眞と共に實家に戾つたあと、もう今川氏は潰れたので政略結婚の意味が無い狀況だから實家に殘ると言ふ選擇肢もあつたと思ふ。でも、早川殿は氏眞の許を決して離れずついてゆくのだ。氏眞、羨ましいな。早川殿のやうな女性に愛されたい。


最後に氏眞の辭世の句をご紹介しませう。氏眞の辭世の句は二首傳はつてゐる。どちらも戰國大名からは脫落し樣々な苦勞を重ねてきたが、その中で彼が人生をどう見つめたのかが傳はつて來る歌だと思ふ。

なか/\に世にも人をも恨むまじ 時にあはぬを身の咎にして
悔しとも うら山し共思はねど 我世にかはる世の姿かな

氏眞と早川殿は樣々な辛苦を分かち合ひながら生きたのだらうな。氏眞にとつて早川殿は心の支へ、人生に無くてはならない存在だつたのだらう、いや、早川殿が居なければ氏眞は無駄に曠野に屍を曝し、馬鹿な男としての風評だけが殘ることになつてゐたに違ひない。


▼早川殿の住んでゐた御殿などは傳はつてゐない。墓所は觀泉寺にある氏眞の墓の隣です。
ちなみに、これは静岡土産です。パッケージとは裏腹に旨かつた。
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▼小田原の早川口。この邊りに住んでゐたのだらう。
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▼早川口にある「小田原さかなセンター」。昨年行きました。
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2017-07-30

再びネタ切れ・・・。

再びネタが切れてしまつた・・・。む~ん、最近、調子に乘つて每日更新したから記事に備蓄がないとかう言ふ風になつてしまふのか。
てな譯で書くことがないので、本日は少し考への整理の爲にランニングの練習の事について少々書かうと思ひます。つまらない記事になりさうですが、すみません。

時々故障してしまふことがあり、その時にお世話になつてゐる接骨院の院長に色々なことを敎はりました。
「えつ、月に150km程しか走らないんですか?少ない。たとへ市民ランナーと言へ200kmは走らないと話になりませんよ」
「時間は自らが造り出すものなんです。朝ですよ、朝。朝練やれば良いんです。さうすれば距離踏めますから」
「人間の體は痛みに慣れるものですが、痛いのに走つて良いのは實業團の選手クラスだけ、素人は絕對ダメ。怪我が惡化するだけ。」
「まあ、陸上競技は身體能力がものを言ひますから、努力してもダメな人はダメですね。」
とまあ、これだけ讀むとキツイことばかり言ふ院長にみえますね。でも、物腰は柔らかだし口調も穩やかで優しいですよ。その分、その內容が心にぐつさりと刺さりますが。因みに院長は開業する前に多くのトップアスリートのボディケアを擔當してゐたやうで、少しレベルが高いことを仰ります。でも、市民ランナーで200km走る人はゐない譯ではない。STRAVAの”July Running Distance Challenge”で僕は七月に201km走り全世界15,401/113,818位で、國內でも181/1,058位だ。恐らく、月に200km走らない人のはうが多いとは思ふが、結果を求めるならやはりもつと距離を踏むべきだし、僕よりも多く距離を踏んでゐる人が百八十人も國內にゐる譯です。やはり院長の言ふ通りだと思ふ。
で、特に最後の「努力してもダメな人はダメ」の件、少し氣になり聞いてみました。この件は最大酸素攝取量の事を言つてゐるとのことです。最大酸素攝取量については僕も耳にしたことは多少ある。ランニング用の腕時計で心搏數を計測できる機能が附いてゐるものはその「最大酸素攝取量(VO2 max)」を知る事が出來るとかで、良いなと思つたがそれを知つてどうするんだらうとも思つてゐた。
院長の話は、中、長距離走はこのVO2maxでタイムが略決まるやうなもの。中長距離の練習は如何にVO2maxを向上させるかが重要であるが、VO2maxは練習で無限に向上する譯ではなく、實業團クラスになると先天的な能力に練習が加はることで一流の選手となると言ふことのやうです。ダメな人はダメはオリンピックに出られるか出られないとかのレベルの話で、まあ、素人と言ふかその他大勢クラスの市民ランナーではそこまでシビアな世界ではない。まあ、それは左程重要な話ではないのでこの邊で終はりにし、さて/\VO2maxを上げるにはどうすれば良いのか?
院長は、インターバルトレーニングがとても效果的だと仰つてゐた。坂道でインターバルしたらなほ效果的だと。イ、イ、インターバルトレーニング・・・、あれ、とつても辛い、ゲロ吐きさうになるやつぢやないですか、厭だ。でも、效果があるのならやるしかないか。
そんなこんなで、僕はVO2maxとインターバルトレーニングについてもう少し調べてみようと思ひました。さうして行きついた先が「ジャック・ダニエルズのランニングフォーミュラ」。
明日以降で、このランニングフォーミュラでジャック・ダニエルズなる人物が何を語つてゐるのか搔い摘んで書いてみようと思ひます。

▼暑苦しい話は聞き飽きたみャ。シャワーでも浴びるとするかみャ。
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▼さあ、さつぱりしたからビールでも呑むかみャ。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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