2016-03-14

養源院(相國寺塔頭)

相國寺の塔頭。こちらのご本尊である毘沙門天は、面白い緣起を持つ。ある日、相國寺の近くに住む商人の夢枕に毘沙門天が現れ、「吾を探しだし、修復せよ」とお吿げを吿げたさうだ。この商人、初めは信じなかつたさうだが、立て續けに夢枕に毘沙門天が現れるので、相國寺に相談し、付近を搜索したところ、發見された。發見當初はバラ/\に毀れてしまつてゐたさうだが、現在は綺麗に修復されてゐる。なか/\凜々しいお顏立ちの毘沙門天だつたな。
また、奧の書院は池泉式のお庭が美しい。なんでもの櫻御所と言はれた近衞家から茶室を移築した庭とのこ。この書院、近衞忠熙の自署の掛け軸が掛けられてゐた。あゝ、なんだつたかな、和歌だつたが、失念してしまつた。奧の書院の掛け軸とお庭以外にも、近衞家と養源院が親しい關係だつたことから、戊辰戰爭時の野戰病院となつたさうで、負傷し戰場に出られない薩摩藩士がいらだちに任せて柱に切り付けた刀疵や坪庭の木の化石など見所滿載のお寺でだつた。

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▼こちらは石ではなく木の化石とのこと。石にしか見えないな。
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▼書院から見たお庭
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▼奥が移築された茶室だと思ふ
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2016-03-13

長得院

相國寺の塔頭。足利五代の足利義量の菩提寺。こちらのお寺は襖繪が見所で、入つてすぐのお部屋の虎の親子の襖繪は水邊虎圖と言ふさうで、母虎が子虎を優しく見守る表情をしてをり、大切なものを「虎の子」と言ふ語源になつたとガイドの人が言つてゐた。
襖繪はすべて幕末の繪師岸連山と言ふ人の作ださうで、近年傷みが目立ち修復したことを記念して初公開に踏み切つたやうだ。ガイドさんの話だと、住職は修復した襖繪は後世に傳へることが義務である考へていらつしやるやうで、一般公開には消極的で、今後、公開する豫定もないやうである。

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▼こちらのお庭、奥の植ゑ込みが段々になつてをり、奥行きがあるやうな錯覺感を與へる効果があるさうだ。
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▼しかもこのお庭からは、電線など近代的な物が見えない。
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2016-03-12

相國寺方丈、法堂

臨濟宗に屬し、山號を萬年山、寺號を相國承天禪寺と稱す。本尊は釋迦如來で、開基は足利義滿、開山は夢窻疎石。相國寺も普段は餘り公開されない寺院であるが、今囘は方丈と法堂が一般公開された。法堂の天井の鳴き龍は妙心寺や泉涌寺などと同じく威風堂々して立派だつたな。法堂は豐臣秀賴の再建とのこと。相國寺は天明の大火事で堂宇の殆どを燒失したさうだが、豐臣秀賴の寄進の法堂は燒失を免れた。
境內に惡左府こと藤原賴長の櫻塚があつたさうだ。これ、調査不足だつたな。惡左府は南山城の柞の森付近で命を落としたので、その邊りにでもあるのかと思つてゐたら、現京大熊野寮にあつたのをこちらに移設したさうだ。近くまでと言ふか相國寺まで行つたのに・・・。

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▼庫裡と方丈
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▼豐臣秀賴再建の法堂。威風堂々として立派。流石は秀賴公だ。
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▼浴室。中は公開されてゐなかつたが、妙心寺の明智風呂と同じやうな感じなのかな。
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▼鐘楼だと思ふ。洪音楼と言ふらしい。
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▼經藏
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▼三門址
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▼トロは銅像の新田さんが好きです二ャ。一休さんの將軍さま?ほんたうですか二ャ。
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2016-03-08

冬の六角堂

心ざし深く染めてし折りければ 消えあへぬ雪の花と見ゆらむ(古今7春上:讀み人智らず)

六角堂は、如意輪觀音をご本尊とする、聖德太子が開基との傳承を持つお寺。六角形の御堂が特徵で、紫雲山頂法寺と言ふのがお寺の名であるが「六角堂」として親しまれてゐる。六角堂もかつて投稿したことがあるので、お寺の槪要は省略します。
六角堂は朝の六時には開門してをり、每日、六時に鐘をつく事を缺かさないといふので、朝六時にお參りした。この時期だから暗かつたが、徐々に開ける京の町もなか/\な景色であつた。
翌日は、夜のうちに雪が降り、六角堂がうつすらと雪化粧をほどこしてゐた。雪化粧の御堂も良い物だなと思つてゐると、雪が舞ひだした。寫眞だといまいちですが、雪の舞ふ六角堂は綺麗で、つい、冒頭の歌を思ひだした。

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▼朝六時の六角堂
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▼折角なので、周圍をぶらついてみた。こちらは御池通り。
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▼こちらは、在五中將の邸宅址。夜が明けて來た。
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▼漸く夜が明けたやうだ。
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▼鐘は自動でつかれる仕組みになつてゐた。
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▼翌日の朝の六角堂。うつすらと雪化粧をしてゐる。
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▼太子堂と白鳥と雪。見づらいですが、雪が舞つてゐた。
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▼こちらの寫眞も雪が舞つてゐる。
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▼六角堂の裏には、こちらの佛様を拜む事が出來る。
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2014-12-29

神泉苑

東寺眞言宗のお寺で、聖觀音・不動明王を本尊とする。お寺なのに○○寺とか○○院ではなく「苑」である變はつた名前であるが、こゝは平安京初期の內裏の南側に位置してをり、龍神を祀る泉があつた場所。現在も法成就池として澄んだ美しい池がある。
かつて貴族が宴遊の場として舟遊びなどをしてゐたと思はれ、現在でも每年九月になると觀月會が催され、池面に浮かぶ船から美しい長月の月を見ながら抹茶を堪能できる。僕が行つたときは颱風が來た翌日であつた爲、舟を岸に固定してゐたので、樂しさ半減であつた。もう一度、行つて見たいと思ふお寺と言ふかお庭と言ふか池である。

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▼通常は池を周囘するが、この日は天候が惡く接岸したまゝだつた。
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▼早く夜にならニャいかな。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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