2017-04-20

佐久間象山・大村益次郎遭難の碑

平成二九年の冬の京都旅の最後の地は、三條木屋町にある佐久間象山、大村益次郞遭難の碑です。昨日、一昨日と佐久間象山、大村益次郞のお話をしましたので、今日は省略するとして、兩名とも寓居が近かつたやうで、寓居を出てすぐ暗殺された。
現在は、高瀨川の對岸に遭難の碑が建つてゐる。佐久間象山と大村益次郞が竝んでをり、夫々、形が違ふことから推測すると元々は違ふ所に建つてゐたが、なにかの事情でこちらに移轉したのかもしれない。
川を挾んでゐるので、碑になにか文章が書いてあるが全く讀めない。少々殘念であるが、なにか事情があつたのだらう。毀してしまふならこのはうが良いと思つた。

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▼こちらは大村益次郞。
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▼こちらは佐久間象山。
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本日の月齢:23.0 舊歷:三月二四日

2017-04-19

大村益次郎寓居址

大村永敏が寓居を構へてゐた場所。國民皆兵は江川英龍も提唱してゐたが、大村益次郞はこれが元で暗殺されるに至つた。幕府側の人間と長州藩士だつたと言ふ違ひなのか。元々は頭腦明晰で適塾に入り塾頭を經て周防國吉敷郡鑄錢司村の村醫になつてゐたが、宇和島藩の要請で出仕することとなつた。やがて江戶で桂小五郞と知り合ひ、そのつてで長州藩士となつた。長州藩士となつた大村益次郞は、長州藩を指揮して長州征伐や戊辰戰爭を戰ひ功績を遺した。戊辰戰爭の功績で新政府の中樞に入つた益次郞は軍政改革を擔ふことになつた。この軍政改革で國民皆兵を唱へ、士族の恨みを買ふことになる。
大村益次郞の功績は死後讚へられ、現在、靖國神社の境內に一際大きな銅像が建つてゐる。

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本日の月齢:22.0(下弦の月) 舊歷:三月二三日

2017-04-18

佐久間象山寓居址

さて、再び冬の京の旅に戻ります

佐久間象山が寓居してゐたとされる場所。あゝ、なんですかね、時代の變遷と言ひますが、これは少しと言ふかなんだかな・・・。
佐久間象山は、松前藩の學者。微祿の藩士ながら幼いころから秀才で江戶に出て江川太郞左衞門の元で砲術を學ぶ。やがて、五月塾を開き勝海舟、吉田松陰、坂本龍馬らに砲術等を敎へた。その後、門弟の吉田松陰が密航を企てたことに連坐して一時傳馬町牢屋敷に入牢する。その後松前に戾つてゐたが一橋慶喜に呼び出され慶喜に公武合體論と開國論を說いたとされる。
佐久間はあまり傲慢な人柄だつたとも言はれ世間の評判がよくなかつたやうで、やがて三條木屋町で暗殺された。

▼あれつ!? この邊りだつた筈だが、無い。
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▼なに/\?
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▼あつ!
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▼あつた。なんかね・・・・、寂しいな。
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本日の月齢:21.0 舊歷:三月二二日

2017-04-09

吉村寅太郎寓居址

吉村重鄕が隱れ住んでゐた場所。三條木屋町上ガルにある。高瀨川沿ひは人の往來が激しいので隱れるには好都合だつたと言ふことか。吉村寅太郞とは、武市瑞山に師事して土佐勤皇黨に加盟、その後脫藩した人物。寺田屋事件で薩摩藩に捕へられ土佐に送られ投獄されるが、やがて許され再び京に舞ひ戾つた。その後、天誅組を結成し大和國で擧兵、高取城の攻城で味方の誤射により重傷を負ふ。高取城の攻城で大敗を喫し、さらに各藩からも攻擊され、その中で命を落とした。

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2017-04-08

池田屋

新撰組が土佐藩など勤皇の志士たちを襲擊した事件が起こつた場所。池田屋騷動で、土佐藩士等を匿つたと言ふ罪と言ふか言ひがゝりで池田屋の主人は捕縛されたことから池田屋は騷動後程なく潰れてしまつた。潰れた直後に佐々木某と言ふ人が買い取つたのか事業を繼續したやうだが、やがて廢業して建物などは無くなり、一時パチンコ屋と言ふ極めて不愉快な業態が營業してゐたがそれも無くなり現在は居酒屋になつてゐる。パチンコ屋よりはましだな。お店に入つてゐないので詳しくは解りませんが、鐮田行進曲などでおなじみの階段や新撰組隊士のマネキン等があるやうだ。面白しさうだから、一囘入つてみたいな。

餘談なのですが、その昔、橘右が若かりし頃の話ですが、新京極だつたと思ひますがどこかの路次に入つた二階にショッカーのアジトをモチーフにしたショットバーみたいなお店がありました。店員さんが「イー」しか言はなかつたので、始めは面白がつてゐたが途中から面倒臭くなつたと思つた記憶があります。今でもあるのかな?お店の名前?忘れました、すみません。

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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

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