2018-04-07

飯玉神社

宇迦之御魂神をお祀りしてゐる。兒玉の千本櫻のある川沿ひすぐ近くに鎭坐してゐた。宇迦之御魂神をお祀りしてゐることや玉が魂と考へられ飯の魂と言ふことで稻魂をお祀りしてゐたされる。また、この邊りは古墳が多くあり鎭坐地近くでも埴輪を始め樣々なものが出土してゐるさうで、古墳との關聯も考へられるとのこと。鳥居を潛り眞直ぐ進むと拜殿があり、おそらくこちらがご本殿だと思はれるが、その隣に少し盛り土がしてあるやうな場所にもお社があつた。こちらはどちらかのお社を合祀したものなのか、盛り土の上に鎭坐してゐるので盛り土が古墳でその上に昔から鎭坐してゐたのか、現地の案內板だけでは判らない。
社殿は享保年間(一七一六年~一七三六年)に再興されてゐるが古くからこちらに鎭坐してゐるやうで、地元の方々の篤い崇敬が感じられるお社であつた。

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▼古墳か?頂になんかある。
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▼遥拝所とのこと。伊勢神宮?
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▼この後に塙保己一記念館に行きました。その途中で通つたお寺の門。
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▼櫻が綺麗。
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▼この椿は色合ひがとても綺麗。
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2017-12-27

御嶽神社(武甲山里宮)

秩父の名峰、武甲山。いつかは登つて見たい。今囘は、本格登山の裝備が不足してゐる現狀で武甲山を登るのは無謀だなと思ひ、里宮にお參りしてお仕舞としました。こゝ、里宮の境內の脇には秩父絹の發祥井戶がある。
すみません、勉强不足でして秩父絹と言はれて思ひ浮かぶものがなにもありませんでしたが、丈夫な絲だつたやうで「秩父銘仙」と呼ばれ明治時代には大人氣だつたさうです。化學纖維が出來てから需要が減り現在では極わずかにしか生產されてゐないやうです。

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▼ご本殿
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▼秩父絹の發祥の地へとまゐりませう。
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2017-12-19

龍ヶ谷熊野神社

創建は不明と言ふか調べてみましたがよく解りませんでした。天保年間(一八三一年~一八四五年)に再建されたさうで、その時は龍穏寺の境内摂社の位置づけだつだとのこと。
ランナーかハイカーしか通らなささうな場所に鎮座するが、苔むした境内は荘厳な感じがし、また、社殿の彫刻も見事なお社であつた。

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2017-07-28

勝呂神社

坂戶にある勝呂神社古墳の上に鎭坐するお社。古墳の墳丘にお社がある例は珍しくないが、この古墳は四道將軍のひとり武渟河別命が被葬者だと當社の由緖が傳へる。小聲で言ひますが、多分違ふと思ひます。もしほんたうならこの古墳は宮內廳の管轄になる筈ですので、現實はさう言ふことだと思ひます。
お社は白山比咩神社が勸請したやうで、「白山さま」と呼ばれ近隣の方々の篤い崇敬を受けてゐた。この近隣には武藏七黨の村山黨に屬する須黑氏の本據であつたさうで、須黑太郞恆高と言ふ人が社殿を再建してゐるとのこと。
ご本殿の脇に古墳の墳頂に當たる部分があり、ご本殿側に石が出てゐる。これは石室の一部だと見られてをり、この石を「勝運靈石」と呼んでゐる。

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▼おつ、睡蓮。綺麗だな。
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2017-07-25

入間野神社

大山祇命、木花咲耶姬命をお祀りするお社。創建は建久二年(一一九一年)とのこと。このお社の鎭坐する場所の前を鐮倉街道上ッ道が通つてゐたさうなので、鐮倉街道の往來が盛んになつた頃にお社が建てられたと言ふことにならう。境內には鐮倉街道の案內を記す案內板がある。初めは「國井神社」と言ふ名前だつたさうだ。後に御嶽神社と改め、明治になり周邊のお社を合祀して現在の名前になつたさうだ。
每年十月には獅子舞が奉納される。この獅子舞は入曾の獅子舞として縣の無形文化財に指定されてゐる。殘念ながら十月にはまだ早すぎるので、獅子舞は見る事が出來ない。
神明造の社殿が立派で靜かな境內のお社であつた。

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▼招魂社が鎭坐してゐる。
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▼現在の鎌倉街道。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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