2017-07-28

勝呂神社

坂戶にある勝呂神社古墳の上に鎭坐するお社。古墳の墳丘にお社がある例は珍しくないが、この古墳は四道將軍のひとり武渟河別命が被葬者だと當社の由緖が傳へる。小聲で言ひますが、多分違ふと思ひます。もしほんたうならこの古墳は宮內廳の管轄になる筈ですので、現實はさう言ふことだと思ひます。
お社は白山比咩神社が勸請したやうで、「白山さま」と呼ばれ近隣の方々の篤い崇敬を受けてゐた。この近隣には武藏七黨の村山黨に屬する須黑氏の本據であつたさうで、須黑太郞恆高と言ふ人が社殿を再建してゐるとのこと。
ご本殿の脇に古墳の墳頂に當たる部分があり、ご本殿側に石が出てゐる。これは石室の一部だと見られてをり、この石を「勝運靈石」と呼んでゐる。

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▼おつ、睡蓮。綺麗だな。
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2017-07-25

入間野神社

大山祇命、木花咲耶姬命をお祀りするお社。創建は建久二年(一一九一年)とのこと。このお社の鎭坐する場所の前を鐮倉街道上ッ道が通つてゐたさうなので、鐮倉街道の往來が盛んになつた頃にお社が建てられたと言ふことにならう。境內には鐮倉街道の案內を記す案內板がある。初めは「國井神社」と言ふ名前だつたさうだ。後に御嶽神社と改め、明治になり周邊のお社を合祀して現在の名前になつたさうだ。
每年十月には獅子舞が奉納される。この獅子舞は入曾の獅子舞として縣の無形文化財に指定されてゐる。殘念ながら十月にはまだ早すぎるので、獅子舞は見る事が出來ない。
神明造の社殿が立派で靜かな境內のお社であつた。

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▼招魂社が鎭坐してゐる。
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▼現在の鎌倉街道。
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2017-07-10

川越氷川神社

素戔嗚尊、奇稻田姬命、大己貴命、脚摩乳命、手摩乳命をお祀りしてゐるお社。太田道灌もお參りしたことがあるやうで、次の歌を詠んだ。

老いらくの身をつみてこそ武藏野の 草にいつまで殘る白雪

少し季節がずれてをりますね、すみません。それはさておき、當社は夏になると風鈴の奉納があり、境內の至る所に風鈴が心地よげに風に搖られてゐる。少々と言ふか人でごつたがへしてゐたので風流とまではいかなかつたが、夏に風鈴は良いですね。

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▼人麻呂神社。下手の横好き級の橘右です。だからこそ、念入りにお參りしました。
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2017-07-09

白岡八幡神社

應神天皇、仲哀天皇、神功皇后をお祀りするお社で、關東における三大「岡」八幡宮と言はれてゐる(鶴岡八幡宮、富岡八幡宮と當社)。創建は嘉祥二年(八四九年)に慈覺大師が勸請したとのこと。多分、石淸水八幡宮だらう。
鐮倉から陸奧へと向かふ道筋なんだらう、八幡太郞義家がお參りしてゐるさうで、もう枯れてしまつたが駒繫ぎの木がある。八幡太郞は康平五年(一〇六二年)にお參りしてゐるさうなので、前九年の役の頃ですね。その後、故事に倣ひ賴朝も參拜した。
境內には多くの紫陽花が植ゑられてゐた。が、もうこの時季ですから見頃は過ぎてしまつてゐた。殘念だな。暑い境內だつたが、ご祭神のご神德か御朱印を戴いてゐる時に涼しい風が吹いて吳れた。靑い空と拜殿の白さと心地よい風。心が洗われる思ひがした。
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▼八幡太郎が馬を繋いだ杉。枯れてしまつてゐるのは殘念だが、千年も経つんですよ。
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▼本殿から拜殿を望む。拜殿の白色とご本殿の木の色が好對照。
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▼オレっちの地酒コーーーーーーーーーーーみャ♪♪♪
でもこれは力士。以前にご紹介したみャ。
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2017-06-27

聖神社と和銅遺蹟

和銅山山麓に鎭坐するお社で、主祭神は金山彥命、國常立尊、大日孁貴尊、神日本磐餘彥命、元明金命(元明天皇のこと)をお祀りする。
元明天皇の御世に武藏國秩父郡から我が國で初めて和銅(にぎあかゞね。自然銅)が採取され、これを朝廷に獻上した。このことを大變お喜びになられた陛下は、元號を「和銅」と改め多治比眞人三宅麻呂を鑄錢司に任命して和同開珎を鑄造させた。なほ、和銅の發見を記念して和銅澤上流の祝山に神籬を建てて、和銅を神體として金山彥命をお祀りしてゐたさうだが、後に現在の鎭坐地に遷坐した。
當社の前を流れる川の上流の方に步いてゆくと和銅を採掘した址がある。川の脇の崖が採取した場所とのこと。現在は和銅は採れないのだと思ふが、秩父發展の重要な場所である。

▼まづは和銅採掘遺蹟からまゐりませう。
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▼これが鉱脈の址のやうです。
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▼續いて聖神社とまゐりませう。
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▼和銅出雲神社
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▼驛名に「和銅」の文字が入つてゐる。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
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