2017-07-10

川越氷川神社

素戔嗚尊、奇稻田姬命、大己貴命、脚摩乳命、手摩乳命をお祀りしてゐるお社。太田道灌もお參りしたことがあるやうで、次の歌を詠んだ。

老いらくの身をつみてこそ武藏野の 草にいつまで殘る白雪

少し季節がずれてをりますね、すみません。それはさておき、當社は夏になると風鈴の奉納があり、境內の至る所に風鈴が心地よげに風に搖られてゐる。少々と言ふか人でごつたがへしてゐたので風流とまではいかなかつたが、夏に風鈴は良いですね。

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▼人麻呂神社。下手の横好き級の橘右です。だからこそ、念入りにお參りしました。
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2017-07-09

白岡八幡神社

應神天皇、仲哀天皇、神功皇后をお祀りするお社で、關東における三大「岡」八幡宮と言はれてゐる(鶴岡八幡宮、富岡八幡宮と當社)。創建は嘉祥二年(八四九年)に慈覺大師が勸請したとのこと。多分、石淸水八幡宮だらう。
鐮倉から陸奧へと向かふ道筋なんだらう、八幡太郞義家がお參りしてゐるさうで、もう枯れてしまつたが駒繫ぎの木がある。八幡太郞は康平五年(一〇六二年)にお參りしてゐるさうなので、前九年の役の頃ですね。その後、故事に倣ひ賴朝も參拜した。
境內には多くの紫陽花が植ゑられてゐた。が、もうこの時季ですから見頃は過ぎてしまつてゐた。殘念だな。暑い境內だつたが、ご祭神のご神德か御朱印を戴いてゐる時に涼しい風が吹いて吳れた。靑い空と拜殿の白さと心地よい風。心が洗われる思ひがした。
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▼八幡太郎が馬を繋いだ杉。枯れてしまつてゐるのは殘念だが、千年も経つんですよ。
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▼本殿から拜殿を望む。拜殿の白色とご本殿の木の色が好對照。
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▼オレっちの地酒コーーーーーーーーーーーみャ♪♪♪
でもこれは力士。以前にご紹介したみャ。
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2017-06-27

聖神社と和銅遺蹟

和銅山山麓に鎭坐するお社で、主祭神は金山彥命、國常立尊、大日孁貴尊、神日本磐餘彥命、元明金命(元明天皇のこと)をお祀りする。
元明天皇の御世に武藏國秩父郡から我が國で初めて和銅(にぎあかゞね。自然銅)が採取され、これを朝廷に獻上した。このことを大變お喜びになられた陛下は、元號を「和銅」と改め多治比眞人三宅麻呂を鑄錢司に任命して和同開珎を鑄造させた。なほ、和銅の發見を記念して和銅澤上流の祝山に神籬を建てて、和銅を神體として金山彥命をお祀りしてゐたさうだが、後に現在の鎭坐地に遷坐した。
當社の前を流れる川の上流の方に步いてゆくと和銅を採掘した址がある。川の脇の崖が採取した場所とのこと。現在は和銅は採れないのだと思ふが、秩父發展の重要な場所である。

▼まづは和銅採掘遺蹟からまゐりませう。
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▼これが鉱脈の址のやうです。
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▼續いて聖神社とまゐりませう。
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▼和銅出雲神社
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▼驛名に「和銅」の文字が入つてゐる。
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2017-06-15

三光神社

埼玉縣比企郡小川町木部に鎭坐し、大日孁貴命、月夜見命、國常立命をお祀りしてゐる。武藏七黨のひとつ兒玉黨庶流の竹澤氏が創建したとされる。元々は、妙見信仰があり北辰妙見大菩薩をお祀りしてゐたが、明治の神佛分離で今のやうになつた。日、月、星をお祀りするので「三光」である。兒玉氏庶流だが妙見信仰か。兒玉氏と秩父平氏は關係も深かつたので、秩父平氏の影響を受けたのか、或いは外秩父に位置するからその影響なのか。

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2017-06-14

八幡神社(大塚)

埼玉縣比企郡小川町大塚に鎭坐するお社で八幡社ですので應神天皇をお祀りしてゐる。守邦親王が將軍を辭して出家、梅香岡に寓居したとの言ひ傳へがありその地がこゝだとされる。守邦親王とは、鐮倉幕府最後の將軍で後深草天皇第六皇子の久明親王を父に持つ親王。持明院統の後深草天皇の孫にあたる爲、後醍醐天皇の元では生きづらかつただらうことは容易に想像できる。公式な記錄は出家したとだけあるので、小川町に落ち延びて來たかどうかまでは不明であるが、關東屈指の古刹である慈光寺を賴つて當地に來たと言ふのはありがちだなと思つた。
境內では流鏑馬が行はれてゐたさうだが、現在の境內の狀況からはそのやうには見えない。が、木を切れば流鏑馬をする場所は確保できるだけの廣さがある境內である。

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▼八幡樣と言へば鳩ですね。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
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