2017-05-22

陽雲寺

曹洞宗に屬し、山號を崇榮山、寺號を陽雲寺と稱す。齋藤盛光と言ふ人物が開基。元々は、崇榮寺と稱してゐたが、天正十年(一五八三年)の神流川の合戰で燒失。武田信玄の甥の川窪信俊が再興した。川窪は、再興する際に自身の養母である武田信玄の妻の陽雲院の名を寺名にした。そのことから、寺寶として信玄と陽雲院の畫像がある。
また、當寺は新田義貞が鐮倉幕府打倒の祈願をしたさうで、新田勝軍不動堂と呼ばれてゐたこともあつたさうだ。現在、この不動明王をお祀りする新田勝軍不動堂は神流川合戰で燒失したと思はれ現存してゐない。但し、こちらには新田四天王のひとり畑時能を供養祠がある。畑は新田義貞の死後も脇屋義助に隨ひ足利高氏に抵抗したが、興國二年(一三四一年)に多勢に無勢で伊知地(現福井縣勝山市伊知地)の地で斯波氏に突擊し數時間の激鬪の末、曠野に屍を曝した。その時、重臣の兒玉光信が首級を故鄕の金窪に持ち歸り、供養祠を建てた。この祠は、畑時能と兒玉光信の名をとつて「畑兒塚」と呼ばれてゐる。

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▼現地では特に説明がなかつたが、これは恐らくお堂の址に間違ひない。
新田勝軍不動堂の址だつたりして?
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2017-03-11

梅園神社と越生梅林

元々は小杉天神社と稱し北野天滿宮を勸請したお社だつたが、明治に入り周邊のお社を合祀し梅園神社と社名を變へた。小杉天神社を勸請した時に菅原道眞公に肖り梅を植ゑたさうで、それが今日の越生梅林の元になつたとのこと。
季節は梅の花が咲く頃。こゝは弓立山や黑山に走りに行つた時によく通つた場所。その時は花も枯れ夏の暑い風が體を痛めつける辛い場所だつたが、この時季は梅の甘い香りと小粒の可愛い花で華やかで心躍る景色に變はつてゐる。

君ならで誰にか見せむ梅の花 色をも香をも知る人ぞ知る(古今38春歌上:紀友則)

「あなた以外の誰に見せやうといふのか梅の花、花の色も香りも私達だけのものにしてをきませう」と言ふ感じの歌。こんなこと言つてみたいけど、少し氣障ですね。

よそにのみあはれとぞ見し梅の花 あかぬ色かは折りてなりけり(古今37春歌上:素性法師)

「たゞ遠くにあつて素晴らしいとみてゐた梅の花 人を飽きさせないものだとは折ってみて初めて解つた」と言ふ感じでせうか。上代では花と言へば櫻ではなく梅だつたさうだ。これは古代支那の影響ださうで、遣唐使を廢した後は國風に目覺め、梅から櫻が大いに好まれるやうになつたとのこと。櫻はすぐ散つてしまふ樣が吾々の心を擽つたのかな。確かに櫻も良いが、橘右は梅も好きだな。
最後に伊勢の歌を一首。

春ごとに流るゝ川を花と見て 折られぬ水に袖や濡れなむ(古今44春歌上:伊勢)

「春每に流れる川に花があると見間違へて、(花が)折れなくて水に袖を濡らしてしまうのでせうか」と言ふ感じでせうか。「春ごとに」と言ふので伊勢は每年同じことをしてゐるやうだ。綺麗な淸流に映る梅の花は綺麗だと言ふことは解る。その淸流に映る梅を折つて見たいと言ふのも解る面白い歌だと思つた。梅林に古今集も持つて出掛けると言ふのは良いものだな。

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▼傷みが目立つやうになつて來てゐますね。覆屋の中にご本殿があります。
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▼では、梅林のはうでまゐりませう。
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▼越生のゆるキャラ「うめりん」
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▼太田道灌ね、良いね。でも橘右的には畠山重忠のはうが良いな。
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▼凄い。倒れても花が咲いてゐる。
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▼室町初期の頃の木だとか。凄いな。
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▼梅林のすぐ近くに酒藏がある。
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▼「越生梅林」と言ふ名の原酒を購入。瓶にこれがついてゐた。サイズがぴつたりで笑へる。
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2017-03-08

宝登山神社

神日本磐餘彥尊、大山祗神、火產靈神をお祀りするお社で、創建は景行天皇四一年(百十一年)と傳はる。社傳によると、日本武尊が東征の折りに、當社のある山の山頂で遙拜しようとした時の事であるが、ちやうど當社の里宮のご本殿が鎭坐してゐるところで淸淨な泉を發見し、禊を行つた。その後、山頂への路の途中で山火事に遭ひ、周圍を火に圍まれた。その時にどこからともなく山犬が現れ、火に飛び込んで火を消し、山頂まで案內した。これにより、尊は無事に山頂で遙拜することが出來たので、窮地を救つて吳れた山犬に感謝したところ、山犬は忽然と姿を消した。尊は山犬が大山祗神の使ひであつたことを知り、防火守護の爲に火產靈神を拜し、山麓に三柱の神をお祀りするお社を建立したとされる。この時、この山は尊により「火止山」と名付けられた。
現在、ご本殿を圍ふ玉垣の內側に日本武尊が禊した泉があるほか、山頂には奧宮がある。

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▼こゝからは奥宮です。
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2016-12-29

能仁寺

曹洞宗に屬し、山號を武陽山、寺號を能仁寺と稱す。ご本尊は毘盧遮那佛。文龜元年(一五〇一年)頃に開山したさうだ。開山は斧屋文達と言ふ人。
幕末に飯能戰爭(戊辰戰爭の一部)の舞臺となり延燒、昭和一一年に再建された。飯能戰爭を指揮した賊軍は澁澤成一郞を首領する彰義隊から脫退者で、振武隊と名乘つた。振武隊は官軍に攻められ、澁澤成一郞は被彈負傷し伊香保に逃亡、その他は能仁寺を退却して、顏振峠を越えて先にご紹介した桂木觀音の近くの黑山と言ふ聚落まで落ち、その場で潰滅した。
本堂の裏手に池泉廻遊式の庭園があつた。すみません、京都の庭園を數多くみて來たものでして、感動が薄くてあまり印象がありません。寫眞も撮つてゐなかつたやうで、手元にこれと言つたものがなかつたが、本堂前の楓は綺麗に紅葉してゐて綺麗だつた。

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2016-12-27

鳥居観音

山號を白雲山と號す。埼玉銀行初代頭取の平沼彌太郞が母の遺言に從つて建立した。創建は新しいものの、ご本堂に安置されてゐる七觀世音菩薩や大黑は平沼自身が彫刻したさうで、平沼の信仰の篤さが窺へる。
名栗にあり埼玉百選に選ばれるほどの名勝となつてゐる。紅葉の季節は山一面が赤く色づき埼玉百選に選ばれるだけある綺麗な景色が廣がる。橘右が痛めた足首のリハビリがてら訪れたときはちやうど紅葉の頃で、燃えるやうな山と目新しいお堂の白さが絕妙な綺麗な景色が廣がつてゐた。
橘右の表現力では言葉は却つて美しい景色を損なつてしまふ。決して上手い譯ではないですが、寫眞で綺麗な景色をお樂しみ下さい。

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▼ご本堂。近代的な雰圍氣がするお堂だ。
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▼仁王門。
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▼平和觀音。
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▼大鐘楼
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▼三藏像。正面からだと逆光になつてしまふので、横から撮影。
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▼救世觀音。この觀音様の胎内に入ることが出來、ちやうど冠の邊りが展望臺になつてゐる。
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▼山茶花の季節ですね。
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▼いやはや、とても急な坂でした。
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▼玉華門。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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