2017-05-13

塩船観音

眞言宗醍醐派の別格本山で、山號を大悲山、寺號を鹽船觀音寺を稱す。ご本尊は十一面千手千眼觀世音菩薩で、寺傳によると開基は八百比丘尼とのことで、創建は大化年間(六四五645年~六五〇年)とのこと。大變古いお寺である。當寺は武藏七黨の村山黨の一派である金子氏の本據に近く、金子氏の篤い崇敬を受けたり、靑梅を本據としてゐた三田氏の庇護を受けてをり、現存するご本堂等は室町後期のものが多い。
鹽船觀音と言へばなんと言つても躑躅。護摩堂の周圍をぐるりと圍む躑躅は壓卷である。

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▼阿彌陀堂
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▼ご本堂
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▼護摩堂
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▼お參りした日は柴燈大護摩が行はれてゐた。
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2016-06-10

福厳寺

曹洞宗に屬し、山號を牛嶋山、寺號を福嚴寺と稱す。お參りしようと訪れた時間が旣に四時以降であつたこともあり、中に入らなかつた。なんでも、赤穗浪士大石內藏助の緣者、大石三平の墓があるとのこと。赤い門が特徵的であつた。

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▼口がさない人は「う○こビル」などと言ふこともあります。
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▼良く晴れた穏やかな日でした。空が綺麗。
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▼ウルトラマンなんとか
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2016-06-09

木母寺

名にし負はばいざ言問はむ都鳥 わが思ふ人はありやなしやと

この歌は、伊勢物語第九段の歌で、都に居づらくなつた在原業平が東國へ下る途中、隅田川の渡しを船で渡つてゐる途中で詠んだ歌として有名であるが、能樂の「隅田川」にも出て來るやうだ。
そして今日、ご紹介のお寺は能樂「隅田川」の舞臺。境內に梅若丸の塚がある。德川家康に「梅柳山」と言ふ山號を貰ひ、近衞信尹によつて「梅」の字を分解して「木母」と言ふ寺號になつたとの寺傳がある。廢佛毀釋で廢寺になつたが、その後に再興され現在に至つてゐる。
梅若丸とは京都に住む吉田某の一人息子で、家の近所かな、道を步いてゐると人さらひに攫はれ、この地で病歿した人物。能では梅若丸の母がこゝを訪ねて來ると言ふ話になつてゐる。
悲しいお話の舞臺となつた場所である。

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▼こちらは故事にちなんで名附けたと思はれる陸橋
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2016-05-05

深大寺

天台宗の別格本山で山號を浮嶽山、寺號を昌樂院深大寺と稱す。創建は天平五年(七三三年)とされ、開山は滿功上人、ご本尊は、阿彌陀三尊像。天平年間に創建されたと言ふことは、聖武天皇の御宇で奈良時代の最盛期。佛敎も大いに榮えた時代である。元々は法相宗であつたが、淸和天皇の御宇に天台宗へ改宗したさうだ。
ご本尊はご開帳されてゐたのかな、本堂の外からは良く見えなかったので、御尊顏を拜見することは叶はなつた。本堂の脇の階段を上がると元三大師堂があり、その脇に釋迦堂がある。この釋迦堂には銅造釋迦如來倚像が安置されてゐる。この釋迦如來倚像は白鳳期のものださうで、ご尊顏の輪廓は丸顏であつた。優しいお顏をされた佛樣だつたな。
深大寺と言へばやはり、蕎麥。但し、今囘は他で晝食を食べて來たので、蕎麥は斷念した。少し心殘りである。

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▼虚子は調布に住んでゐたことがあるさうだ。
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▼一つ葉田子の木。「ナンジャモンジャ」とも呼ばれてゐる。
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▼元三大師堂
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▼開山堂
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▼不動堂
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▼深緑が眩しい季節ですね。
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2015-12-18

徳大寺

日蓮宗に屬し、山號を妙宣山、寺號を德大寺と稱す。江戶の始めに慈光院日遣上人によつて創建された。ご本尊は、摩利支天。摩利支天は佛敎の守護神である天部の一柱。猪に乘る姿に彫られることが多い。楠正成を始め武將からの篤い信仰を受けてゐた。毛利元就は摩利支天を旗印にしてゐたやうな氣がする。武將からの信仰が篤いのは、護身、蓄財と言ふ御利益があるからだと思ふ。
お寺の緣起によると、ご本尊は聖德皇太子の御手彫とのこと。猪繫がりと云ふ事で亥の日にご本尊がご開帳される。

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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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