2014-12-27

大井神社

龜岡市大井に鎭坐する社で、月讀命、市杵島姬命、木俣命をお祀りする。傳承では、市杵島姬命が下流に鎭坐する松尾大社から龜の背にのり大堰川を遡上したが、八疊岩邊りから保津の急流で進めなり鯉に乘り換へた。それを見た匠が社を建てたことに由來するされてをり、當地付近の方々は今でも鯉を食べたり鯉のぼりを上げたりすることはないさうだ。
境內には小さな池がある。この池は丹の池と言はれ、口丹波蹴裂傳說を構成する場所である。この池は保津峽開鑿により水が拔けた後の乾き殘りと言はれてゐる。丹の海の謂れは鐵分を含み風が吹くと湖面が赤くなるとかで、この池も鐵分を多く含んでゐたさうだ。かつては、地下水が湧き出てゐたさうだが、宅地造成が進み水脈が杜絕えたとのこと。
平成貮拾貮年に鎭坐千參百年を迎へたさうで、それに合はせて本殿を改修したとのことで、僕がお參りした時は新しい木の色が美しい社殿であつた。

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▼こちらは拜殿。確か本殿の寫眞があつたと思ふのだが・・・。
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2014-12-26

請田神社

京都府龜岡市保津町に鎭坐する社で、大山咋神と市杵島姬命をお祀りする。當社も口丹波蹴裂傳說を構成する一社で、大國主命と大山咋神が保津峽を開鑿するにあたり、初めて鍬を入れた地すなわち鍬を「うけた」地を名の由來とする。因みに現在の龜岡市の地層はかつて湖だつた痕跡を殘してゐるさうで、どのやうにして水が拔かれたかは不明であるが、傳承の通り保津峽から丹の海の水が拔けて肥沃な大地が姿を現した。
當社の境內は、ほぼ隣が大堰川の崖で細い一本道を進んで行き行き止まりに位置してゐる。そのやうな場所だから人氣はほとんどない。山と崖の間に境內がありさほど廣くはないが、草生す山奧の靜かな趣があり神聖な氣分になる社である。

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▼里の宮がある
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2014-12-25

桑田神社

京都府龜岡市篠町に鎭坐する社で、市杵島姬命と主祭神として大山咋命と大山祇命を配祀する。篠町にはもう一つ桑田神社がある。口丹波の言ひ傳へでは、現在大堰川の對岸にある請田神社が當地に鎭坐してをり、請田神社が現在の鎭坐地に遷坐した時に貳つに分かれたとも言はれてゐる。
當社は口丹波蹴裂傳說を傳へる八社の內の一つで、大堰川を開鑿して口丹波に廣がる丹の海の水を拔いてできた肥沃を名の由來にしてゐるとも言はれてゐる。
境內からは大堰川と龜岡市ののどかな田園風景を見ることができ、なか/\よい眺めを見ることが出來る。

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▼下手くそな寫眞ですみません。中央奧が本殿です。
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2014-12-23

走田神社

京都府龜岡市餘部町走田に鎭坐し、彥火火出見尊、豐玉姬尊、彥波瀲武鵜鸙草葺不合尊をお祀りする社。祭神が彥火火出見尊、豐玉姬尊、彥波瀲武鵜鸙草葺不合尊と言ふのは、もしかしたら浦嶋神社と關聯があるのだらうか?龜岡市付近は口丹波と呼ばれ、口丹波は蹴裂傳說がある地。こゝは現在では山の中であるがかつては丹の海に近いので海に關聯する神樣がお祀りされてゐてもおかしくはない。
境內は人氣がなく靜寂に包まれてゐた。鬱蒼と茂る木々に圍まれ淸らかな心地がする社であつた。

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2014-12-22

小川月神社

京都府龜岡市馬路町に鎭坐し、月讀命をお祀りする社。馬路町を流れる大堰川の傍の田園風景の中で貳本の大きな樹がある所が當社の鎭坐地である。過去に大堰川が氾濫し、社地が流されて現在のやうな狀況になつたらしい。田舍の小さい社ではあるが、創建は古く天照大御神が各地を遷坐された時に丹後國與謝郡にも遷坐され、その時に末社になつたとも言はれ、近くにある先にエントリを上げた出雲大神宮よりも古いと傳へる文書もあるさうだ。
神社の由緖には、北條時賴が廻國の途中に參拜し、家臣の人見次郞貞村といふ者に神社の守護を命じ、長らく人見家が奉仕したと書いてあつた。
人見氏とは丹波國南桑田郡馬路村を中心として榮えた氏族で、江戶期には中川氏と竝んで「兩苗鄕士」と呼ばれた。源賴政に從つて弓箭の術を究めた者が多く朝廷より「弓箭連中」と呼ばれてゐたと傳はる。人見・中川氏は、維新の時に西園寺公望が南桑馬路に入り勤王の志の篤い兩苗鄕士と山國鄕士を招集して山陰鎭撫隊を結成し數々の武功を上げたことから、平安神宮のお祭りである時代祭で桓武天皇と孝明天皇の御魂を乘せてゐる御神講を警護する役を擔つてゐる。
小川月神社の近くに人見・中川兩氏の祖靈社がある他、西園寺公望が建てた兩氏の顯彰碑も建つてゐる。敎科書には載つてゐない小さな歷史話である。

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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
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