2017-03-20

石清水八幡宮

昨年に社殿群が國寳に指定されたと言ふことなので、久しぶりに京阪電車と男山ケーブルカーを乘り繼いでお參りしました。
この日はちやうど二月十一日。紀元節を祝ふ紀元祭が行はれてゐた。朝と前日の雪の寒さと嚴かさで身が締まる思ひがした。

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▼八幡さんと言へば、鳩。
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▼御所でもさうでしたが、こちらも鬼門を封じてをります。
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▼紀元祭が始まりました。
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▼オレッちの地酒コーミャー♪でも、今囘は已前に御紹介したものばかりです。
カッパでお馴染みの黄櫻。誰でも知つてゐる伏見の有名な銘柄ですみャ。
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▼こちらは月桂冠。伏見と言へば、いや、お酒と言へば月桂冠。有名過ぎる銘柄ですみャ。
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▼こちらは山本本家さんの「神聖」。今囘の旅では晝間から呑んだつたみゃ。旨い。
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▼オレっち一押しのキンシ正宗。これも旨い、旨すぎるみャ。
クロ、うまい、うますぎるは埼玉です。
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2015-01-07

高倉神社

以仁王御陵の隣に鎭坐し、以仁王をお祀りしてゐる社。源三位と共に平家打倒の烽火を上げて全國に令旨を出して兵を募つたが、準備が整はないうちに平家の急襲を受け、源三位は平等院で最後迎へ、以仁王は南山城綴喜郡の光明山鳥居の前で戰死したと傳へられてゐる。以仁王がお亡くなりなられた後に、近隣の里人が手厚く祀られ、當地に塚が築かれたのが現在の以仁王御陵とも言はれてゐる。
境內はひつそりとした田舍風景の中に佇んでゐる。志半ばで斃れ、また、後白河法皇の治天の君の權威に傷をつけたと誤解されることもあり、死後も公的にはあまり良くは思はれてゐないこともあるが、以仁王の意思はやがて木曾義仲や源賴朝に引き繼がれ、平家が滅亡するきつかけとなつたのは事實である。
歷史の重みを感じさせる社であると思ふ。

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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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