2017-03-03

鷺森神社

をりゐるを見し鷺の森すきかてに わけきて今日はむかふ神垣

こちらのお歌は靈元天皇の御製。境內に御製の記念碑が建つてゐる。當社は貞觀年間(八五九年から八七七年)に創建され、靈元天皇の思召しにより現在の鎭坐地に遷坐した。ご祭神は素戔嗚尊で、その緣なのか八重垣の石が境內にある。なんでも觸れると惡緣と絕ち良緣を呼ぶさうだ。素戔嗚尊と八重垣と言へばこの歌ですね。

八雲立つ出雲八重垣妻籠みに 八重垣作るその八重垣を

この歌は古今和歌集假名序なので和歌の始まりと紹介されてゐる有名な歌。この歌に因んでゐるから緣結びの石となつたと思はれる。

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▼都思ふ夢路や今の寢覺まで いく暁の隔て來ぬらむ
千種忠顯とは、後醍醐天皇の側近。雲母坂附近で足利直義と戰ひ戰死した。叡山ケーブルの叡山驛の近くに千種忠顯卿戰死の地と言ふ遺蹟がある。
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▼參道はかなり長い。
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▼靈元天皇御製の碑
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▼御幸橋。現在は曼殊院へ通じてゐる。
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▼八重垣の石。
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▼拜殿
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▼修學院近くに鎭坐する御旅所。
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2017-03-02

赤山禅院

皇城表鬼門の守護を擔ふお寺。お寺なのかなと言ふ佇まひだけど、天臺宗の塔頭ですのでお寺です。ご本尊は赤山明神とも呼ばれてゐる泰山府君。泰山府君は佛敎の御佛なのかな。僕の智識では陰陽道で信仰されてをり、安倍淸明が死者を蘇ら經させることのできる神であるが、もしかしたら多少違ふのかもしれない。寺傳によると慈覺大師圓仁の遺命を安慧が繼いで、泰山府君を勸請して建立したとのこと。ちやうど平安京の鬼門に當ることから、代々皇室からの篤い崇敬があり、修學院離宮に度々行幸された後水尾天皇から「赤山大明神」の敕額を賜つた。
境內には泰山府君をお祀りするご本堂の他、地藏堂、弁財天と福祿壽をお祀りするお堂、雲母不動堂がある。拜殿の屋根の上に猿が置いてあつたさうだ。降り頻る雪に氣を取られて見落としてしまつた。殘念。

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▼參道。緩やかな坂を登ります。脇の苔が靑々しくて綺麗。
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▼屋根の上にさるがをります。猿は日吉社の使ひ。皇城鬼門を守護する爲だと思はれます。
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▼ご本堂
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▼お地藏樣をお祀りしてゐる。
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▼こちらは出世辦財天と呼ばれる辦財天をお祀りしてゐる。
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▼福禄寿殿
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▼不動堂。突然、雪が激しくなつて來た。
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▼突然の雪でポンチョを着れなかつたみャ。雪が顔に積もるから早く撮れみャ。
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▼あつと言ふ間に苔に雪が積もつた。
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2016-09-22

石像寺

淨土宗に屬し、山號を家隆山、寺號を光明遍照院石像寺と稱す。ご本尊は、地藏菩薩。開基は空海で創建は弘仁十年(八一九年)だとされてゐる。空海の開基であることから當初は眞言宗であつた。鐮倉期に改宗したさうだ。
當寺は、「石像寺」と言ふよりも千本通りの「釘拔き地藏」と言ふはうが通つてゐる。釘拔き地藏と呼ばれることになつた說話が今に傳はつてゐる。
紀ノ國屋道林と言ふ商人が手の痛みに苦しんでをり、縋る思ひで當寺のお地藏さんにお祈りした。ある日、道林の夢枕にお地藏さんが現れ、「前世で人を恨んで呪ひの人形を作つてその手に八寸釘を打ちつけたことが現世に於いて兩手の激痛を招いてゐる。」と言つたさうだ。お地藏さんはさらに、人形から八寸釘を拔いて道林に見せた。道林が目覺めると兩手の痛みが全く消えてをり、お禮の爲に石像寺をお參りしたところ、お地藏さんの前に八寸釘が置かれてゐたさうだ。以降、當寺のご本尊のお地藏さんは苦しみを拔いて下さるありがたいお地藏さんとして人々から篤い崇敬を受け續けてゐる。
御朱印を戴く際に、年の數だけ本堂を廻るやうに言はれたので、年の數本堂を廻つた。目が囘つたが、かやうなことをしたことがなかつたので、なんと言へば良いのかな、樂しかつたと言ふか、興味深かつたといふか。もし、お時間があれば、やつてみるのもよいでせう。

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▼これを持つて廻ります。年の數だけ持ち、一囘廻る毎にこちら返します。
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2016-09-21

引接寺

眞言宗に屬し、山號を光明山、寺號を歡喜院引接寺と稱す。ご本尊は閻魔法王。その爲、千本ゑんま堂とも呼ばれてゐる。開基は小野篁だとされてゐるが、寬仁元年(一〇一七年)に定覺上人が開山したと言はれてゐる。
ご本尊の閻魔樣は大きな坐像で一見すると威壓感がある。が、ご尊顏を拜見してゐるうちに、閻魔樣のご尊顏は意外と言ふかなぜか優しい微笑みを浮かべてゐるやうに見えた。閻魔樣と言へば地獄の沙汰と言ふ事で大變恐ろしい印象を持つが、閻魔樣はお地藏樣の化身である。
生前に行つた大罪はそれ相應の償ひをしなければならない。人と人とが共同で暮らすとき、自分の利益や權利のみを主張し、相手の權利や利益を認めない人間ばかりであれば共同生活は成り立たない。また、人は長い歷史のなかで、共同生活が潤滑に行へるやうに樣々な仕來りや規則、道德を構築して來た。それを破る事は他者に迷惑を及ぼし、共同生活を成り立たせなくなる。そのやうな人間はやはり罰せられなくてはならない。それは人として集團で生活する上での必要な決まり規則を破つたからに他ならないからだ。閻魔樣は人を社會の規則、道德から反した行爲を積み重ねたものを罰すると言ふ汚れ役を進んで引き受けてゐるのである。
閻魔樣の慈悲を示す說話がある。當寺の境內には紫式部の供養塔がある。紫式部は生前に愛憎にまみれた官能小說を書き人々を邪淫に導いたと言ふ罪で地獄の沙汰を受けたさうだ。愛憎にまみれた官能小說とは「源氏物語」である。閻魔樣の眷屬の司錄と司命の傍で仕へてゐた小野篁が「源氏物語」は官能小說ではなく、美しい言葉で綴られた本邦の國風文化に大きな好影響を及ぼした文學作品であり、評價されてしかるべきであり、責められる謂れはないと閻魔樣に進言したさうだ。この話を聽いた閻魔樣は、式部を淨土へ送つたとされる。
當寺は、改めて人は人として全うに生きなければならないと言ふことを考へさせて吳れるお寺であつた。

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▼地獄でも火の用心は大切です。
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▼式部の供養塔
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2016-09-20

上品蓮台寺

今日からは、保元、平治、治承・壽永の亂の史蹟めぐりの合間で廻つた京都の名所舊蹟をご紹介してまゐりたいと思ひます。先づ始めは、上品蓮臺寺から。
眞言宗智山派に屬し、山號を蓮華金寳山、寺號を上品蓮臺寺と稱す。開基は聖德太子と言はれてゐる。聖德太子は母の菩提を弔ふために當寺を建立した。ご本尊は地藏菩薩。
こちらのお寺の境內の大きな椋の根元に「賴光塚」がある。これは賴光が退治した土蜘蛛の塚だとされてゐる。賴光が渡邊綱を連れて蓮臺野を步いてゐるときに空を飛ぶ髑髏に遭遇、それを追つた。追いついた先で妖怪に襲はれ、さらには美女が現れ、目くらましを仕掛けて來たが、賴光が刀で切りつけると美女は消えた。消えたところに血痕があつたので、それを辿ると巨大な蜘蛛がをり、激戰の末、それを退治したと言ふ說話がある。その賴光に退治された土蜘蛛の塚がこれとのこと。このあたりは「蓮臺野」と呼ばれてをり、昔は火葬場などあつたさうだ。土蜘蛛を埋葬した賴光塚はさう言ふ關聯もあるのかもしれない。
現在は、數棟のお堂があるのみであるが、かつては「十二坊」と言はれてゐたほどの宏大な境內を誇りお堂も澤山あつたさうだ。規模は縮小したが、いまでも洛北の名刹である。

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▼ご本堂
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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