2017-03-17

島原住吉神社

住吉屋太兵衞と言ふ人の自宅にお祀りされてゐた住吉大明神が當社の發祥。私宅ながら靈驗あらたかで良緣を結ぶと評判だつたさうで、享保十七年(一七三二年)に私宅から遷坐して建立された。然し乍、明治に入り廢佛毀釋の所爲で廢社とさせられ、ご祭神は島原の歌舞練場に遷坐してお祀りされた。
地元の方々は、當社に對する篤い崇敬があり、熱心に復興に向けて活動し、平成十一年に復興された。

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▼こちらは島原住吉社の舊社地
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2014-11-06

伏見稻荷大社

こゝ數年、初詣の參拜客が最も多くなつてゐるさうだ。まあ、視覺的に解り易い特徵を持つてゐる社だからなんだらう。幾重にも連なる千本鳥居は、目に鮮やかな丹と稻荷山の綠が合はさり、とても幻想的である。
當社は、稻荷大神をお祀りする。この稻荷大神は、謎が多い神樣である。農業神であることは間違ひないが、宇迦之御魂神、豐宇氣毘賣命、保食神、、大宣都比賣神などが合はさつてゐるとも言はれてゐる。これらの神はいづれも食に關聯する神であるが、古事記日本書紀では、插話が重複してゐたりと、同一か、別か判斷に迷ふ。然も、神佛習合の影響もあり、不謹愼な表現で申し譯ないが、神佛が混ざり合ふやうな感じである。いづれにしても、食物と言ふ人間の營みに必須のものを掌る神であり、ありがたい神であることには違ひない。
僕は、これまでに途中で挫折したことしかないが、稻荷山をぐるりと廻ると相當な距離になるさうだ。千本鳥居を潛りながら、稻荷山を登る。機會があれば今度こそは上まで登りたいな。

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閏長月拾漆日(陰曆)  橘右

2014-08-15

與杼神社

豐玉姬命、高皇產靈神、速秋津姬命の三柱をお祀りする社。一說に據ると僧の千觀內供が應和年間(九百六拾壹年~九百六拾三年)に肥前國佐賀郡河上村に鎭坐の與止日女神社より、淀大明神として勸請したことに始まるとされてゐる。しかし、延喜式に、與杼神社の名がある處から應和年間より以前に鎭坐してゐたと言はれてゐる。
桂川河川敷の擴幅工事により明治三拾三年に淀城跡である現在の地に遷坐した。元の鎭坐地は現在の場所から桂川の北に渡つたところであつたやうだ。また、元の鎭坐地は「大荒木の森」と呼ばれ、歌枕の地になつてゐる。
本殿・拜殿は明治年間に移築・遷坐が行はれたが、良く當初の建築樣式を保存してゐたことから重文に指定されたさうだが、殘念なことに本殿は、昭和五拾年に愚か者の花火遊びにより燒失してしまつたとのこと。實に嘆かはしいことだ。
場所も本殿も往年とは違ふことになつたが、古城址に生えてゐる木々により往年の大荒木の森ほどはないにしても、森があり靜かで嚴かな雰圍氣を感じることができるお勸めの社である。

祭神:豐玉姬命、高皇產靈神、速秋津姬命
御朱印:なし
御朱印帳:なし
駐車場:有料

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▼拜殿。日差しがきつい日であつた爲、逆光になつてしまつた。
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▼本殿。燒失してしまつたことは殘念だ。
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2014-08-14

橋姬神社

宇治橋を架けられた大化貳年(六百四拾六年)に宇治川の守り神として創建されたと傳はる。大化貳年と言ふことは相當古く、僕の記憶では日本最古だつたと思ふ。故に宇治の橋姬の名は古典にもしばしば登場する。無論、宇治拾帖にも橋姬の名は。而も、宇治拾帖が始まる重要な壹番始めの帖である。

橋姬の 心をくみて 高瀨さす 棹のしづくに 袖ぞ濡れぬる(薰)

「橋姬のやうにこの山里で暮らしてゐるあなたを思うと 淚で袖が濡れてしまひます」と言ふ意味ださうだ。これは薰が大君へ送つた歌であり、宇治拾帖の悲哀を始まりを吿げる。結局、薰の大君への戀慕は、實ることなくその面影を寫す浮舟に戀するも悲慘な結末を迎へる。こののち、薰は幾度となく袖を濡らすことになる。
當社は、平等院の表參道のお茶を賣るお店の裏にある。境內が狹く行き過ぎてしまふやうな感じだが、日本最古の橋を守る神をお祀りしてゐるので、宇治に行つた際にはぜひ、どうぞ。

祭神:瀨織津媛
御朱印:なし
御朱印帳:なし
駐車場:なし

▼普通の民家のやうな入口なので、通りすぎさうになる
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▼古社であることは間違いないが、殘念ながらそんな風には見えないのも事實だと思ふ
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▼「宇治川の 砂の夕焼け すなほりて 無心のあこは みすておくべし」と讀める
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2014-08-13

縣神社

木花開耶姬をお祀りする社。木花開耶姬とは、天孫である天邇岐志國邇岐志天津日高日子番能邇邇藝命の后で、大山祇神の娘。姉に石長比賣がゐる。邇邇藝命は、大山祇神から姉妹を差し出されたが、醜女の石長比賣を返してしまつたので天皇陛下は花のやうに壽命が神々より短くなてしまつたと傳はる。
當社の特徵はなんと言つても、奇祭の一つに擧げられてゐる縣祭りであらう。水無月の五日の夜に明かりを一切燈すことを禁じ、その闇夜の中を梵天が渡御すると言ふお祭りとのこと。當社は宇治橋からみて平等院の裏手に位置することから、宇治界隈はかなりの人手で賑はひを見ててゐるなかひつそりとしてゐたが、お祭りの當日の晝間は露店などが竝び賑はつてゐるさうだ。僕は、御祭りを見たことがないので、一度見に行つて見たいな。
正面の鳥居を潛つた左側の醴水舍の北の井戶は、一說に據ると歌枕「縣井(あがたゐ)」と言はれてゐる。縣井は、京都御苑內の縣井だとも言はれてゐる。どちらも綺麗な水が湧いてゐることには違ひない。

祭神:木花開耶姬
御朱印:あり
御朱印帳:なし
駐車場:なし

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▼たぶん、梵天だと思ふ
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▼紫の彩があざやかだ。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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