2017-03-05

熊野神社(岡崎)

京都にある熊野三社のなかで最も古いお社。聖護院の鎭守。日圓上人が紀州熊野大神を勸請したのが始まりとされる。聖護院は戰災により何囘か場所を遷し元あつた現在の場所に戾つたやうだが、當社は遷坐はしてゐないと思はれる。但し、應仁の亂の戰火に罹り一時衰頽したが、道寬法親王(後水尾天皇第十三皇子)により再興された。

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▼お參りが終ると雪がまたもや激しく降つて來た。
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2016-09-25

若宮八幡宮(清水五条)

應神天皇、仲哀天皇、神功皇后をお祀りするお社。左女牛八幡宮とも呼ばれる。當社は源義義の頃、左女牛の館に石淸水八幡宮を勸請したことに始まり、豐臣秀吉により、現在の鎭坐地へ遷坐した。源氏の館があつた左女牛に鎭坐してゐたことから、歷代の源氏や足利、新田氏の後裔を稱する德川氏などから篤い崇敬を受け樣々な寄進を受けてゐた。

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▼境内が發祥地と言ふ譯ではなく、この邊りに窯元が多くあつたことに由來する。
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▼孝明天皇の御胞衣塚。
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▼ハートの形をしてゐる。天然?人造?
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★はゝ、は~い、やつてまゐりました、御待ちかねオレっちの地酒コーミャー♪。
今回は、オレっちの大好物、伏見の銘酒の數々をご紹介するミャ。あゝ、よだれ、とまらんミャ。
まづは、「月桂冠」。最近ではパックやカップの印象が強いが、寛永十四年(一六三七年)創業と酒藏の中でも老舗中の老舗。
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▼山本本家さんの銘酒、「神聖」。すつきりした飲み口が特徴ミャ。
藏元自らが「鳥せい」と言ふ居酒屋を運營してゐるさうだ。こんど行つてみようかミャ。
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▼齋藤酒造さんの「英勲」。全國新酒鑑評會を十四年も連續して金賞受賞したさうだ。
オレっちはまだ呑んだことがないので、これは呑みたい!!呑ませろ、早く!
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2015-04-08

粟田神社

もう櫻も終はりでせうか。昨年の寫眞を見てみたら、勸修寺や醍醐寺の櫻は四月二日ごろが滿開でした。今年の首都圏では四日ごろには既に散つてゐましたので、今年は去年に比べ少し咲き始めが速かつたやうですね。
次は、山吹や牡丹、躑躅に藤、石楠花、杜若とまだ/\春を彩る花々が咲き出します。春の穏やかな日差しの下でこれらの花々を鑑賞するのは、心穏やかになるひと時ですね。

さて、本日から冬の京の旅にもどりませう。

主坐に素戔嗚尊と大己貴命を、左坐に八大王子命を、右坐に櫛稻田姬命、神大市比賣命、佐須良比賣命をお祀りしてゐる社。京七口のひとつの「粟田口」に鎭坐してゐる。昔は「感神院新宮」と稱してゐたやうで、鳥居の扁額にその名稱が殘つてゐる。粟田口からは大津へと通ずる道があり、古來より旅の起點となつてをり、旅立ちの守護神として篤い崇敬を受けてゐた。
境內は、少々長めも階段をあがつたところにある。東山の中腹よりやゝ下あたりになりませうか、境內から京の景色が見えた。お參りしたときは曇つてゐたのもあり、思つたほど綺麗な眺めではなく殘念であつた。よく晴れた日だとよかつたのにな。
このお社、面白い行事を每年してゐるやうだ。七月の最終土曜日に、境內で納涼ビヤガーデンを催してゐる。氏子さんぢやなくても參加可能とのこと。これは、良い!ビールだけぢやなくて日本酒があればなほ良いのだが。いつか參加してみたいと思ふ。

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▼感神院新宮と書かれた扁額
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▼お馬さんのよだれ掛けが凄いです二ャ
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▼この邊りがビアガーデンになるのだらうか。
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▼木々に圍まれた社殿。松はないと思ふのだが。
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▼光格天皇陛下の御胞衣之松。胞衣(えな)とは胎児を包んでゐた膜や胎盤などのこと。
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▼東山の將軍塚への登り口ださうだ。
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▼現在は閉鎖されてゐる。
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▼少しだけの梅
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2015-04-01

安井金毘羅宮

崇德天皇、大物主神、源三位をお祀りしてゐる社。元々は、藤原鐮足が一門の發展を祈願して建立したお寺であつたさうだ。このお寺は藤原氏らしく藤の花の名所であつらさうで、崇德天皇がこよなく愛されてゐたと傳はる。こちらも應仁の亂の戰火により荒廢し、やがて崇德天皇と源三位をお祀りする神佛習合のお寺となつた。明治になり、神佛分離策の影響を受け、崇德天皇、大物主神、源三位を祭神とする神社に改まつた。
この社、現在では「緣切り」のご利益があるとされてをり、境內には女性の姿が多く見られた。なにやら、影がありますねえ、怖い/\。特に、緣切り緣結び碑。こゝの形代に書かれてゐることは、語るに恐ろしいことも中にはあるやうですよ。くわばら/\。

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▼悪縁を切り、良縁を結ぶさうです。
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▼参道を進んで奥へと参りませう。あれ?
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▼悪縁が生まれるのか、良縁を育むのか。
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▼邪念を拂ひ、さらに進む。
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▼手水でお浄め。
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▼村上天皇御製の碑
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▼この時季なので、当然、藤は咲いてゐない
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▼椿は咲き始めと言ふ感じだつた。
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2014-11-10

大將軍東神社

東三條交叉點付近にある社で、大將軍を祀る。大將軍とは陰陽道の方位神で素戔嗚命の子神とも言はれたが、やがて神佛習合の影響を受け、牛頭天王となる。大將軍をお祀りする社は、明治に入り祭神を素戔嗚命に改められ、當社も例に漏れず、現在の祭神は素戔嗚命である。
京都には、東西南北に大將軍をお祀りする社があり、東は當社と岡崎神社、西は大將軍八神社、南は藤森神社、北は西賀茂大將軍神社である。北なのに西とはと思ふが賀茂神社から西なだけである。
また、こゝには相殿に藤原兼家が祀られてゐる。橘右は、花山天皇を陥れた兼家に對する心證は極めて惡い。而も、百人一首に女性を泣かせてゐる歌が集錄されてゐる。詠み手は、右大將道綱母。蜻蛉日記の著者としても有名。

嘆きつゝ獨り寢る夜の明くるまは いかに久しきものとかは知る

「(あなたかが來ない夜を)嘆きながら一人で寢る夜が明けるまでの間は、どんなに長いものか(あなたは)お解りになられますか(いや、解りますまい)」
と言ふ意味。ひどい奴である。九人も妻がゐたさうだ。今頃、地獄の業火に燒かれてゐることだらう。

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閏長月拾捌日(陰曆)  橘右
プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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