2017-02-21

宗像神社(御苑内)

京都御苑內に鎭坐し、多紀理比賣命、多岐都比賣命、市寸島比賣命をお祀りするお社。延曆十四年(七九五年)に桓武天皇の敕命を蒙り藤原冬嗣が皇居鎭護の爲に筑前宗像神を自邸に勸請したことに始まる。
いつのころからか花山院家の傳領となり屋敷があつたやうで、花山院家邸內で篤く崇敬されたゐたさうだが、應仁の亂の時に燒失し安政年間(一八五四年から一八六〇年まで)に再建された。境內にある櫻は御所の紫宸殿の南庭の左近櫻を拜領したものである。

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▼花山稻荷神社
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▼これはどこに焦點があたつてゐるのか・・・。左近櫻を撮らうと思つたのだが。
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▼宗像神社の拜殿。
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2017-02-20

嚴島神社(御苑内)

宗像三女神をお祀りし淸盛の母の靈も合祀してゐるお社で、拾翠亭の裏にある九條池の中島に鎭坐してゐる。元々は平淸盛が攝津國兵庫津に嚴島神社を勸請したお宮であつたが、何時の頃か現在の場所に遷されたとのこと。九條池は九條家の邸宅があつたところで、九條家は明治に東京へ移轉したが、當社は東京へは遷坐せず、當地に殘つた。
當社の特徵は、なんと言つても石鳥居にある。笠木と島木が唐破風形式と言ふ極めて珍しい形をしてをり、木嶋坐天照御魂神社の三柱鳥居、北野天滿宮の攝社の伴氏社の石造鳥居と竝び京都三鳥居と呼ばれてゐる。

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▼まあ、お約束ですね。
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▼こちらが唐破風の鳥居
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▼こちらは拾翠亭。
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▼拾翠亭とは九條家の邸宅内に設けられてゐた庭園。時々公開されてゐるがこの日は閉まつてゐた。
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▼別な日に訪れた時に拾翠亭の建物から九條池越しに拜んだ當社。
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2016-09-30

御所八幡宮

應神天皇。神功皇后、比賣神をお祀りするお社。足利高氏が邸宅內の鎭護として勸請したことに始まる。元々は御池堺町に鎭坐してゐたが、大東亞戰爭の頃にこちらに遷坐したとのこと。

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2016-09-26

長講堂

淨土宗に屬し、阿彌陀如來をご本尊とするお寺で、後白河天皇所緣の地。後白河天皇が六條殿に持佛を安置する持佛殿を建立したことに始まる。文治四年(一一八八年)に燒失したが、すぐさま再建され、建久二年(一一九二年)に法皇から全國四二國の八九箇所の莊園の寄進をうけた。この莊園はその後、紆餘曲折があつたが、後嵯峨天皇が相續した。この後、伏見天皇が相續し、以後は持明院統が代々相續し、財政の基盤となつた。
さて、當寺であるが、元々は六條殿に建てられたもので、現在の場所とは別の處に建立されたが、度重なる火災などで移轉を繰り返し足利義滿の頃に現在の場所に落ち着いたやうである。
現在、境內は拜觀謝絕となつてゐるが、每年四月十三日の後白河法皇忌法要の時のみ公開される。

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2016-03-07

菅大臣神社

東風吹かばにほひおこせよ梅の花 あるじなしとて春を忘るな(拾遺1006雜春歌:贈太政大臣)

菅大臣神社は、菅原道眞命、尼神、大己貴命をお祀りしてゐるお社で、當社はかつて菅原道眞公の屋敷である白梅殿の跡地だとされてゐる。白梅殿と言へば、やはり、冒頭の歌でせう。當地に植ゑられてゐた梅が、太宰府まで飛んで行つたとの傳承があり、飛梅の古蹟の地である。
當社は菅公歿後程なくお社が創建されたやうだが、軈て南北に境內が分けられたさうだ。たぶん、道路を通す爲だと思はれる。現在の菅大臣神社は南側で天神御所と言はれてゐたさうだ。北側は、紅梅殿とよばれ、現在は小振りなお社が鎭坐してゐる。

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▼こちらが、飛梅。
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▼殘念ながら、飛梅は咲いてゐなかつた。
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▼右前足に特徴がある狛犬さん
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▼こちらは紅梅殿
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
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