2014-09-18

縣井 ~寄り道歌枕紀行~

縣井(あがたゐ)とは、現在京都御苑內にある井戶跡。京都屈指の淸水で、縣井・染井・醒ヶ井は京都三名水と言はれる。現在は、縣井・醒ヶ井は涸れてしまつた。
縣井のある場所は、江戶期には一條家の屋敷があつたさうだが、現在は、宮內廳京都事務所が脇に建つてゐる。一條家の屋敷內にあつたことから、昭憲皇后の產湯に用ゐられたとも言はれてゐる。
井戶の脇に山吹が咲いたゐたのだらうか、後鳥羽天皇が、縣井を歌枕にした次の歌をお詠みになられてゐる。

蛙鳴く 縣の井戶に 春暮れて 散りやしぬらむ 山吹の花(後鳥羽院)

「蛙が啼く縣の井戶に春の終はりが訪れ、山吹の花を散りさせてしまつたであらう」と言ふ意味。山吹の名所の井出(京都府綴喜郡。歌枕の地)も蛙と山吹の取り合はせが多く、山吹と蛙は對になつてゐる。
地形が變はり、本來湧いてゐた筈の井戶や池が涸れて消滅してしまふのは、ここ以外にも多くあり、淸水が消えゆくのは便利な世の中を手にしたその代償なのかもしれない。僕は、我が國の美風は繼承して次世代に傳へるべきだと思ふので、歌枕の地などは多少不便を感ずるやうになつても、往年のままの姿を留めるはうが意義があると思ふ。
また、僕は假名遣ひなどから復古主義的に思はれる事が多いが、さうだらうか。「今はグローバルこそがすべてだ。」「外國と大いに交はり、劣後しないためにも我が國の美風がどうのなんか化石みたいなことを言ふ愚か者だ」などと言ふ人は多いが、これらの人の多くは我が國の歷史や美風が何か一切知らない。我が國の傳統や美風を知らず外國を模範とするのは、單純に猿眞似であり、それこそが愚か者のすることだ。基本となる物を何も知らず表面だけ繕つてゐるとの意見に何も答へられないでせう。その意見はアホの極みでしかない。
嘆かはしき世の中になつたものだ、僕のやうに我が國の傳統や美風を大切にしようと思ふ者は「右翼」ださうだ。この國が陛下の御慈愛をもつてしても衰頽が著しいのは、國風を貴ぶことを國粹主義だとか軍國主義だとか見當違ひなことを言ふ愚かな考へを植ゑ附ける敎育が惡いからだ。福田恆存氏の「私の國語敎室」を讀めば、今の敎育のあり方がいかに間違つてゐるかよく解る。
新聞もまた然りだが。珊瑚礁を自作自演で傷つけて記事した頃から何も反省も進歩もないのだ、あの新聞社は。呆れて物が言へぬ。

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▼危ないから蓋をしてある
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▼御所前にて
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▼倒木から木が生えてゐる。
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2014-09-12

雲林院 ~寄り道歌枕紀行~

雲林院(うりんいん)とは、紫野にある大德寺の境外塔頭。淳和天皇の離宮である紫野院として建立され、その後、仁明天皇、皇子常康親王と渡り、最後に僧正遍昭の手に渡つたときに、遍昭が官寺とした。
平安の頃より、この邊りは櫻と紅葉が美しく古今和歌集ではここで歌合せをしたときの歌がしばしば登場する。

櫻散る花のところは春ながら雪ぞ降りつつ消えがてにする(承均法師)
いざ櫻我も散りなむひとさかりありなば人にうきめ見えなむ(承均法師)
いざ今日は春の山邊にまじりなむ暮れなばなげの花のかげかは(素性法師)
わび人のわきて立ち寄る木のもとはたのむかげなくもみぢ散りけり(僧正遍照)

いづれも櫻や紅葉の美しさを華麗に表現した秀歌ばかりであるが、現在の當地付近は住宅が立ち竝び往年の面影はない。雲林院も往年よりもかなり衰頽し寺域が小さくなつてゐることは否めない。とは言ふものの、歌枕としてその地の目印となる寺院が殘つてゐるので、それで良しとすべきでせう。

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▼本堂
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▼花山僧正の百人一首にも入つてゐる有名な一首
♪天つ風 雲のかよひぢ 吹きとぢよ をとめの姿 しばしとゞめむ♪
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2014-09-10

大澤池・名古曾の瀧 ~寄り道歌枕紀行~

大澤池(おほさはのいけ)は、大覺寺に隣接する日本最古の人口林泉。池の畔に櫻や楓が植ゑらてゐるので、春秋は水面に映る櫻や紅葉が綺麗である。また、日本三大觀月池とも言はれてをり、中秋の名月の頃に觀月の夕べと言ふ催し物がある。池を一周しながら、抹茶を味はひつつ水面に映る月を愛でることができる。

大澤の池のけしきは古りゆけどかはらず澄める秋の月かな(俊成)

この歌は源平の爭亂期に生きた歌人である藤原俊成の歌。澄める秋の月と詠まれてゐるやうに、昔から名月として有名であつた。

名古曾の瀧は、大澤池の畔にあつたが今はその流が杜絕えてゐる。最もつい最近のことではなく次の歌でも流れが杜絕えたことが覗へる。

瀧の音は 絕えて久しく なりぬれど  名こそ流れて なほ聞こえけれ

この歌は百人一首歌番伍拾五の大納言公任の歌。大納言公任とは關白太政大臣藤原賴忠の長男で、最高位が正二位權大納言である殿上人。平安中期のころの人なので、そのころには瀧の流れが杜絕えてゐたことがこの歌で解る。而も、この頃には旣に絕えてゐたと詠まれてゐる。なぜ、杜絕えたのかは、調べてみたが解らなかつた。因みに、この歌で「なこそ」と詠まれたから「名古曾」となつたと言はれてゐる。
大覺寺は元々嵯峨天皇の離宮であつたので、大澤池や名古曾の瀧のやうな風光明媚な場所が出來、そこで多くの人が歌を詠むから歌枕になつたのだらう。

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▼「そうだ京都、行こう」の大覺寺のスタンプの景色はこれ
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▼半夏生が咲いてゐた
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2014-09-01

大井川・桂川・芹川・・戶無瀨の瀧 ~寄り道歌枕紀行~

大井川(おほゐかは)・桂川(かつらかは)・芹川(せりかは)・戶無瀨の瀧(となせのたき)は、龜岡から保津峽を通り嵯峨野を流れる川とその支流。龜岡では大堰川、保津峽を流れてゐる時は保津川、保津峽を拔け渡月橋までの流れが大井川と呼ばれ、渡月橋を超えると桂川と呼ばれるさうだ。戶無瀨の瀧は、龜山の邊りの瀧とも呼ばれ、僕は不勉强でどこかよく解らない。芹川は嵯峨野釋迦堂の脇邊りから桂川に灌ぐ流である。
いづれの川も嵯峨野を流れてをり、多くの歌が詠まれてゐる。まあ、背景が歌枕として多くの歌が詠まれた嵐山や小倉山であることから、當地で歌が詠まれるのは當たり前と言へば當たり前か。現在の大井川は角倉了以の開鑿で水害が減つたのだが、平安期の頃とは樣相が異なるので、昔はもつと美しかつたのかもしれない。

高瀨舟しぶくばかりにもみぢ葉の 流れてくだる大井川かな(藤原家經)
天雲のはるかなりつる桂川 袖をひでても渡りぬるかな(紀貫之)
芹川の波もむかしにたちかへり みゆき絕えせぬ嵯峨の山風(九條良經)
暮れぬるか遠をちの山かげわたりきて 今ぞ戶無瀨となせの河邊すずしき(源賴政)

いづれも錚々たる歌人である。家經の歌にももみぢが詠まれてをり、これは小倉山などもも見ぢが詠まれてゐるので、もみぢの名所ならではの歌と言へる。嵯峨野は紅葉の季節は多くの觀光客で賑はふ場所であるから、今も昔も紅葉が綺麗だつたのだらう。

▼大井川の流れ
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▼大井川と嵐山。歌枕の地と呼ぶに相應しい
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▼角倉了以像
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▼こちらは桂川
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▼解り辛い寫眞だが、芹川と桂川の合流點である
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▼嵯峨野釋迦堂付近を流れる芹川
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2014-08-20

嵐山・亀山・小倉山・嵯峨野 ~寄り道歌枕紀行~

嵐山(あらしやま)・龜山(かめやま)・小倉山(をぐらやま)・嵯峨野(さがの)の場所については、說明不要でせう。現在でも京都屈指の觀光名所である。櫻の頃も、もみぢの頃も人醉ひする程多くの觀光客が訪れる。渡月橋付近からは五山の送り火の鳥居が見えるので、葉月の拾六日の夜も人出が多い。
平成拾八年に、龜山の麓付近、天龍寺の裏邊りに小倉百人一首を題材とする時雨殿と言ふ博物館が出來た。建設に際して任天堂が多額の資金を醵出したさうだ。任天堂と聞けばテレビゲームを思ひ出すが、元々は花札や歌留多を製造・販賣してゐた會社だ。この時雨殿の物販コーナーで「タッチ樂しむ百人一首DS時雨殿」と言ふ任天堂のゲームソフトが賣つてゐた。任天堂は今でも歌留多を賣つてゐる。傳統を續けることの出來る良い企業の社風があるのだらう、立派な企業だ。
小倉山は歌枕であるが、小倉山の麓の山莊で藤原定家が百人一首を撰んじだと言はれてゐる。定家の山莊は、常寂光寺とも貳尊院とも言はれてゐるが、どちらかはつきりしてゐないさうだ。どちらももみぢが綺麗な處である。

龜の尾の 山の岩根を とめておつる 瀧の白玉 千代の數かも(紀惟嶽)
夕月夜 小倉の山に 鳴く鹿の 聲の內にや 秋は暮るらむ(貫之)

などなど、樣々な歌が詠まれてゐる。

をぐら山 峰たちならし 鳴く鹿の へにけむ秋を 知る人ぞなき(貫之)
これは、物名の卷に收めされてゐる歌で各句の頭文字が「を」「み」「な」「へ」「し」、つまり女郞花になつてゐる面白い歌である。
櫻やもみぢの季節でなくとも、古今集や百人一首を片手に嵯峨野一帶の散策してみるものまた違つた風を感じられ良いと思ふ。

▼嵐山を望む。
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▼同じく嵐山
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▼かつて龜山にあつた龜山離宮は現在公園となつてゐる
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▼天龍寺から見た龜山
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▼時雨殿に展示されてゐた御輿。
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▼をぐら山だと思ふ
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▼同じくをぐら山。綺麗な形をしてゐる
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▼歌枕の地である愛宕山だと思ふ。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
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