2018-02-16

赤坂氷川神社

素盞嗚尊、奇稻田姬命、大己貴命をお祀りするお社で、天曆五年(九五一年)に創建されたらしい。社名が「氷川神社」ですから埼玉縣大宮の氷川神社を勸請したのだと思はれる。
德川八代將軍の吉宗が水野忠之に命じて社殿を建立した。ちなみに、當社は忠臣藏でおなじみの淺野內匠頭の夫人の邸宅址に社殿を建立したとのこと。なほ、社殿は東京大空襲での燒失を奇蹟的に免れたさうだ。
赤坂と言ふ都會の世俗にまみれた場所に鎭坐するが、その境內は淸淨で樹齡千年近い大公孫樹があるなど都會の喧騷から隔絕した感じがする立派なお社であつた。

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▼なんとなくお城のやうな壁。
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▼みャみャみゃみャみャ~ん♪ 久々にやつてまゐりました、オレっちの地酒コーみャー!!
今回は赤坂氷川神社に奉納されてゐる「白鷹」。こちらは文久二年(一八六二年)創業の灘の老舗中の老舗の酒藏さんの銘酒。
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2017-12-27

御嶽神社(武甲山里宮)

秩父の名峰、武甲山。いつかは登つて見たい。今囘は、本格登山の裝備が不足してゐる現狀で武甲山を登るのは無謀だなと思ひ、里宮にお參りしてお仕舞としました。こゝ、里宮の境內の脇には秩父絹の發祥井戶がある。
すみません、勉强不足でして秩父絹と言はれて思ひ浮かぶものがなにもありませんでしたが、丈夫な絲だつたやうで「秩父銘仙」と呼ばれ明治時代には大人氣だつたさうです。化學纖維が出來てから需要が減り現在では極わずかにしか生產されてゐないやうです。

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▼ご本殿
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▼秩父絹の發祥の地へとまゐりませう。
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2017-12-19

龍ヶ谷熊野神社

創建は不明と言ふか調べてみましたがよく解りませんでした。天保年間(一八三一年~一八四五年)に再建されたさうで、その時は龍穏寺の境内摂社の位置づけだつだとのこと。
ランナーかハイカーしか通らなささうな場所に鎮座するが、苔むした境内は荘厳な感じがし、また、社殿の彫刻も見事なお社であつた。

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2017-08-14

世田谷八幡宮

八幡大神(應神天皇)、仲哀天皇、神功皇后をお祀りするお社。寬治五年(一〇九一年)に八幡太郞義家が後三年の役後に京へ向かふ歸途の途中に豪雨に遭ひ、雨宿りをしたのが當社の鎭坐地と傳はる。この時、八幡太郞は後三年の役の勝利は八幡大神のご神德だと思ひ、この地に宇佐八幡宮を勸請した。その後、當社付近に城を構へた吉良氏により篤く崇敬され、吉良賴康が天文十五年(一五四六年)に社殿を奉納し當社を再興した。
鎭坐地のある豪德寺近邊は住宅が立ち竝ぶ住宅街の中を世田谷線が走る町竝みでその爲かお參りする前はこぢんまりとした小さなお社を想像してゐた。が、境內に入るとその廣さに吃驚。境內にはなんと觀客席付の立派な土俵があつた。每年秋の例祭で東京農業大學による相撲の奉納があるさうだ。

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▼世田谷線の宮の坂驛前にあつた車兩展示。宮の坂の名は當社の坂が由來。
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▼お相撲ですニャ。
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2017-08-07

初音森神社

花山院師賢が奉祭したお稻荷さん。その後、太田道灌が社殿を寄進した。元々は馬喰町に鎭坐してゐたが、明曆の大火後に現在の鎭坐地に遷坐した。中央區東日本橋にも同社がある。舊鎭坐地のやうだ。こちらはビルの中に鎭坐してをり、少々奇妙な光景である。

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▼こちらから東日本橋の初音森神社。
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▼地名として殘つてゐるやうだ。
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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
但し、間違ひを指摘し、批難するだけのコメントは承認致しませんので、ご諒承ください。しつこいと投稿禁止や閲覧禁止をする場合があります。

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