2017-08-14

世田谷八幡宮

八幡大神(應神天皇)、仲哀天皇、神功皇后をお祀りするお社。寬治五年(一〇九一年)に八幡太郞義家が後三年の役後に京へ向かふ歸途の途中に豪雨に遭ひ、雨宿りをしたのが當社の鎭坐地と傳はる。この時、八幡太郞は後三年の役の勝利は八幡大神のご神德だと思ひ、この地に宇佐八幡宮を勸請した。その後、當社付近に城を構へた吉良氏により篤く崇敬され、吉良賴康が天文十五年(一五四六年)に社殿を奉納し當社を再興した。
鎭坐地のある豪德寺近邊は住宅が立ち竝ぶ住宅街の中を世田谷線が走る町竝みでその爲かお參りする前はこぢんまりとした小さなお社を想像してゐた。が、境內に入るとその廣さに吃驚。境內にはなんと觀客席付の立派な土俵があつた。每年秋の例祭で東京農業大學による相撲の奉納があるさうだ。

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▼世田谷線の宮の坂驛前にあつた車兩展示。宮の坂の名は當社の坂が由來。
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▼お相撲ですニャ。
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2017-08-07

初音森神社

花山院師賢が奉祭したお稻荷さん。その後、太田道灌が社殿を寄進した。元々は馬喰町に鎭坐してゐたが、明曆の大火後に現在の鎭坐地に遷坐した。中央區東日本橋にも同社がある。舊鎭坐地のやうだ。こちらはビルの中に鎭坐してをり、少々奇妙な光景である。

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▼こちらから東日本橋の初音森神社。
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▼地名として殘つてゐるやうだ。
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2017-07-28

勝呂神社

坂戶にある勝呂神社古墳の上に鎭坐するお社。古墳の墳丘にお社がある例は珍しくないが、この古墳は四道將軍のひとり武渟河別命が被葬者だと當社の由緖が傳へる。小聲で言ひますが、多分違ふと思ひます。もしほんたうならこの古墳は宮內廳の管轄になる筈ですので、現實はさう言ふことだと思ひます。
お社は白山比咩神社が勸請したやうで、「白山さま」と呼ばれ近隣の方々の篤い崇敬を受けてゐた。この近隣には武藏七黨の村山黨に屬する須黑氏の本據であつたさうで、須黑太郞恆高と言ふ人が社殿を再建してゐるとのこと。
ご本殿の脇に古墳の墳頂に當たる部分があり、ご本殿側に石が出てゐる。これは石室の一部だと見られてをり、この石を「勝運靈石」と呼んでゐる。

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▼おつ、睡蓮。綺麗だな。
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2017-07-25

入間野神社

大山祇命、木花咲耶姬命をお祀りするお社。創建は建久二年(一一九一年)とのこと。このお社の鎭坐する場所の前を鐮倉街道上ッ道が通つてゐたさうなので、鐮倉街道の往來が盛んになつた頃にお社が建てられたと言ふことにならう。境內には鐮倉街道の案內を記す案內板がある。初めは「國井神社」と言ふ名前だつたさうだ。後に御嶽神社と改め、明治になり周邊のお社を合祀して現在の名前になつたさうだ。
每年十月には獅子舞が奉納される。この獅子舞は入曾の獅子舞として縣の無形文化財に指定されてゐる。殘念ながら十月にはまだ早すぎるので、獅子舞は見る事が出來ない。
神明造の社殿が立派で靜かな境內のお社であつた。

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▼招魂社が鎭坐してゐる。
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▼現在の鎌倉街道。
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2017-07-20

走水神社

日本武尊、弟橘媛をお祀りするお社。日本武尊は上總國へ渡る時に浦賀水道を通つたとされる。日本武尊が相模から上總へ船で渡らうとした時、暴風が起こって海が荒れ進退窮まつてゐた。その時、后の弟橘媛が尊に替わって海に入ると暴風が收まり、この水路を馳水(走水)と名づけたと傳はる。

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プロフィール

橘右近大夫

Author:橘右近大夫
畿內の寺社佛閣を中心に、おでかけトロ&クロとお參りしたときの旅日記を綴つてゐます。

旅日記の外に、日頃思ふことなどを書くことがあります。
あくまでも個人的な日記であり、專門的・學術的な正確さを擔保するものではありません。

漢字は正字(康熙字典體)にて書かうとしてをります。どのやうな環境でも讀めるやうに氣を附けてをりますが、環境により漢字が表示されない場合があります。
假名遣ひについて、原文を引用する以外は歷史的假名遣ひで書きます。

※ご意見、ご指摘は建設的、友好的なものに限り受け付けます。建設的友好的なコメントは更新の勵みになりますので、よろしくお願ひします。
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